Chapter3 - Igami
第10話 Live
「はい。2500円」
差し出された手のひらは空っぽだ。
つまり、要求されてるってことだ。
「何でですか?」
「ライブ代。今度やる私のライブ」
「…強制的にチケットを買わされるってことですか?」
「損はさせない。多分、いい思い出になる」
「じゃあ、まあ、行きますよ。2500円でしたっけ?」
「ライブとしては安い方だよ」
「はい」
「わ、やった、ありがとう! いいことあるよ!」
「慰められた」
「私のライブという、素晴らしい機会がね。楽屋に招待してあげよっか?」
「それはちょっと興味あります」
会場に付いたら
『スタッフさんに言っといたから、言えば楽屋まで連れてってもらえる』
とLINEが来た。色々ポスターが張ってある廊下を歩く。
──そういえば他のバンドメンバーもいるんだよなと思うとちょっと緊張する。
伊神さんは慣れてるけど、一応みんな芸能人みたいな人達だ。
ミュージシャンの伊神さんに会うと思うと、それも緊張するかも。
楽屋に入ったら一人だけだった。
「いやー。来てくれてありがとうね。ライブ前緊張するから、話し相手欲しくてさ」
「他のメンバーは?」
「私ソロだから」
「バンドやってるんじゃないんですか?」
「バンドだったけど、メンバーが抜けまくってソロになった。君にバンドやってるって言った時は、まだギターがいた頃だと思う」
「悲惨ですね」
「悲惨とか言わないでー。頑張ってるんだから」
メイクを直しながら言う。
「いつもとは見違えますね」
「いつもより気合が入ってますね」
「いつもより気合が入ってますね。衣装とかも」
「でしょ? 可愛い?」
「はい。普段は大学生みたいで、今日はデートする大学生みたいです」
「大学生……! デートか……ファンの皆とデートするのか」
「ファンいるんですか?」
「いるからライブやってるんでしょ?」
「あんまいなそうだから」
「率直かつ失礼だな」
「失礼かつ批判的」
「いるよ? 私も不思議だけどいるよ!」
「面にいました。まだ早いけど来てました」
「ねー、皆平日なのにえらいよね。大学生は暇って聞いたから誘ったけど」
「人の暇を奪わないでください」
「会社なのに有給取ってみんな来てくれるなんて……愛を感じる」
「休日にやればいいじゃないですか」
「平日に箱借りた方が安いんだ。こうして来てくれるから、辞めるにやめられない。ファンラブ!」
ファンたちが待つ方へ投げキッスをする。
「サチもさあ……熱心に来てくれたんだぁ……」
僕の頭の中に浮かんだサチさんは、こないだの淫らな表情をしたサチさんで……首を振って映像を消す。
「あの頃は沙月君みたいに大学生だったの、で、暇だから平日もほとんど毎回来てくれた……それで凄い応援してくれるからさ……私がサチのファンになっちゃった」
遠い日を思うように言う。
「まさか付き合うことになるとは思わなかったけど。今日も会社あるからこれなかったけど、サチのために頑張る」
メイク台から振り向いていう。
それを僕に言われると……僕はちょっと複雑だった。
でも、余計なことを何も考えなくていいなら、心の底から応援していた。
伊神さんとサチさん──二人を。
「じゃあ、関係者以外は出て行って」
「そろそろ準備するってことですね」
「そうそう。じゃあね! ありがとう。助かった」
「はい。頑張ってください」
手を振って出る。僕が楽屋を出て見えなくなるまで、嬉しそうに手を振っていた。
すごくいいライブだった。
何というか……見違えた。
普段の伊神さんと違くて、凄くカッコよかった。
訂正されそうなので、『普段の伊神さんと違くて』はカットで。
歌う時の声はいつもの彼女の声とは違くて、歌い始めた時ちょっとハッとさせられた。
歌詞はなんか……伊神さんぽかった。
熱いけど緩い感じ。ほんわかしてよかった。
ライブハウスはうるさくて、聞き逃しそうになったけど、ポケットの中でスマホが震えた。
『打ち上げしよ? 待ってて』
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