第33話 ピーピー鳥

 週に一度の協力員巡回。


 その日の午後。

 空は淡く白く、ゆるやかな風が街路樹の葉をさらさらと揺らしていた。


 ラドリーとソラは並んで歩きながら、静かな商店街の通りを進んでいた。

 すると、遠くからけたたましい叫び声が響いてきた。


「きゃー! また出たわよ、あの鳥!」


「きゃっ! 帽子が!」


 ラドリーは眉をひそめて足を速め、ソラは耳をぴんと立ててその声の方角へと跳ねるように走った。


「ラドリー、トラブル発生だねっ!」


「落ち着け。状況を確認する」


 二人が角を曲がると、そこには騒然とした商店街の光景が広がっていた。

 空をふわふわと旋回しているのは、白い小型の鳥型モンスター。


 体は光沢のある外装。

 嘴の代わりにカメラアイが赤く点滅し、背中の小さなプロペラが軽快に唸っている。


「ピィー! ピーピピピ!」


 その鳴き声はどこか挑発的で、子どもが悪ふざけをしているようだった。

 ピーピー鳥と呼ばれるその個体は、通行人の帽子や手荷物を次々にさらっては、店の軒先や看板の上に落としていく。


「いたずらピーピー鳥だぁー!」


「この前も来たやつじゃないか!」


「なんとかしてくれー!」


 周囲は軽い混乱に包まれていたが、誰も怪我はしていないようだった。


「ラドリー、あれって……」


「旧世界の広告ドローンのなれの果てだな。制御が外れて野良化したやつだ。害意はないが、放っておくと厄介だ」


 ラドリーは落ち着いた様子で腰のツールポーチに手を伸ばし、小型の捕獲用網弾を取り出す。


「飛行パターンを読む。行動は単純だが、速度がある……よし、やるぞ」


「ボク、囮になるねっ!」


「危ないことは、するなよ」


 ソラはすっと前足を伸ばし、身軽に店の看板へ飛び乗った。

 そしてその場でくるりと回り、しっぽを高く振って空に向かって叫ぶ。


「こらーっ、ピッピー! ボクのしっぽは高級品なんだぞー! かじったら怒るぞー!」


「ピピッ!?」


 ピーピー鳥は反応し、カメラアイでソラを捉えると楽しげに追いかけた。


 ソラは縦横無尽に看板から看板へ、屋根から庇へと飛び移る。

 その白い体が日差しに反射して、一瞬、光の軌跡のように見えた。


 ラドリーは地上からその動きを目で追い、ピーピー鳥の旋回位置を正確に予測し呼吸を整える。


 そして——空気を切る音と共に網弾が放たれた。

 ピーピー鳥は反応する間もなく捕らえられ、ゆっくりと回転しながら地面へと落下する。


「ピ……ピピ……」


 ソラが軽やかに降りてきて、網にかかった鳥を覗き込んだ。


「やったーっ! 上手くいったね!」


 ラドリーは鳥を調べながら答える。


「ああ。……制御コアは無傷だ。回収すれば再起動できるだろう。……センターに送って、再調整だな」


 商店街に拍手と歓声が沸いた。


「やったー! ありがとう!」


「さすが協力員さんだ!」


「白い猫ちゃんも凄かったわよ!」


 ソラは得意げにしっぽを揺らしながら、ラドリーの隣に戻ってきた。


「ボク、がんばったよ! 飛び回って、ぜんぶ作戦どおりっ!」


「ああ。見てた。……上出来だ」


 そのひと言に、ソラの目がきらきらと輝く。


「じゃあさ、ご褒美に、ぷるんぷるんミルクプリン食べたいな〜!」


「……またネットの情報か?」


「うんっ! この近くのカフェにあるんだって! しかも旧世界の有名店の味に似てるって話! ボク、ずっと気になってたの!」


 ラドリーは少しだけ肩をすくめた。


「おまえの情報収集力だけは本物だな。……じゃあ、行くか。休憩も必要だ」


「やったーっ!」


 ふたりは通りの角を曲がり、小さな路地裏にある隠れ家のようなカフェへと向かった。

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