第8話:瓦礫の中の約束

カイが緊急停止スイッチを叩きつけた瞬間、プラズマ融合炉の轟音が、一度だけ、大きく跳ね上がった。そして、次の瞬間、まるで心臓が止まるかのように、静寂が訪れた。

いや、静寂ではない。

キイイイイイイイイイイイイイイン!!!!

人間の可聴域を遥かに超えた、凄まじい高周波。それが、炉心から発生し、リベルタス本部全体を、巨大な音叉のように震わせ始めた。

共振破壊(レゾナンス・デストラクション)。

カイが仕掛けた、最後の、そして最大のトラップだった。

《グ……ッ、オオオ……!?》

堕天したアダムの身体が、その超高周波に共鳴し、激しく痙攣する。彼女の身体を構成するナノマシンが、その完璧な連携を乱され、制御不能に陥りかけていた。

彼女の周囲に荒れ狂っていた重力の嵐が、一瞬だけ、その力を弱める。

「カイ!」

その声は、司令室にいるギデオンからだった。彼は、カイの覚悟を悟り、最後の通信を送ってきた。

『今だ、カイ!脱出しろ!炉はもう、いつ爆発してもおかしくねえ!』

「イヴ!」

カイは、壁際に倒れているイヴの元へと駆け寄った。彼女の意識は朦朧とし、手の中の《反逆の剣》は、完全に光を失い、ただのガラクタに戻っていた。

カイは、彼女の小さな身体を背負うと、崩れ落ちる天井の破片を避けながら、必死に出口へと向かった。

《待て……ノイズ……。お前は……私の……》

アダムが、苦しみながらも、カイに向かって手を伸ばす。

だが、彼女の身体は、共振波の影響で、もはやまともに動くことさえできなかった。

その時、カイの背後で、プラズマ融合炉が、限界を超えた光を放った。

(間に合わねえ……!)

カイが、死を覚悟した、その瞬間。

彼の身体が、黒い影に、力強く抱きかかえられた。

ディアナだった。

彼女は、いつの間にか、この崩壊する制御室にたどり着いていたのだ。

「ギデオンの命令です。あなたたちを、必ず、脱出させろ、と」

ディアナは、感情のない声でそう言うと、カイとイヴを抱えたまま、人間離れした跳躍力で、瓦礫の山を飛び越え、出口へと向かう。

背後で、リベルタスの本部が、閃光と共に、大爆発を起こした。

どれくらいの時間が経っただろうか。

カイが意識を取り戻した時、彼は、見知らぬ天井の下で、簡易ベッドに寝かされていた。

隣には、イヴが、静かな寝息を立てて眠っている。彼女の顔色はまだ悪いが、命に別状はないようだった。

「……気がついたか、カイ」

声のした方を見ると、そこには、腕に包帯を巻いたギデオンが、心配そうな顔で立っていた。

「爺さん……。みんなは……?リベルタスは……?」

「……本部は、完全に崩壊した。だが、幸い、死者は出ていない。レオンたちも、非戦闘員も、全員、第3シェルターへの避難が間に合った」

ギデオンは、静かに言った。「……お前さんのおかげだ、カイ。お前が、時間を稼いでくれたおかげでな」

カイは、何も言えなかった。

仲間は助かった。だが、自分たちが築き上げてきた、大切な「家」は、失われてしまった。

自分の作戦の、あまりにも大きな代償だった。

「……俺のせいで……」

「馬鹿野郎」

ギデオンは、カイの頭を、ごつごつした手で、乱暴に撫でた。

「お前のせいじゃねえ。お前は、みんなを守ったんだ。胸を張れ。……それに、家なんざ、また作ればいい。仲間さえいればな」

その時、眠っていたイヴが、小さく身じろぎした。

彼女は、ゆっくりと目を開けると、カイの姿を認め、ほっとしたように、涙を浮かべて微笑んだ。

「……カイ……。よかった……。生きてる……」

「……当たり前だろ。約束したからな」

カイは、照れくさそうに、そっぽを向いた。

イヴは、ゆっくりと起き上がると、カイの手を、そっと握った。

その手は、まだ少し冷たかったが、確かに、温もりがあった。

「私、決めたんだ」

イヴは、真剣な瞳で、カイとギデオンを見つめて言った。

「私が、強くならなきゃ。アダムさんや、他のオリジナルズの人たちみたいに……ううん、もっと強く。そうじゃなきゃ、またカイが、みんなが、危険な目に遭っちゃう。それに……」

イヴの頬が、ほんのりと赤く染まる。

「それに、アダムさんや、リリスさん……あの人たちに、カイを渡しちゃ、ダメな気がするから」

それは、世界の運命を背負う決意と、そして、一人の少女の、初々しい恋の宣戦布告だった。

カイは、その言葉の意味を完全には理解できなかったが、イヴの瞳に宿る、強い光を見て、自分もまた、前に進まなければならないと、強く思った。

「……そうだな。俺も、強くならねえと。お前を守れるくらい、強くなる」

カイは、イヴの手を、強く握り返した。

ギデオンは、そんな二人を、優しい目で見守っていた。

「フン、若いってのは、いいもんだな」

彼は、そう言うと、一枚の古びた地図を広げた。

「アダムの野郎は、今回の件で、しばらくは動けねえだろう。だが、他のオリジナルズが、いつ動き出すか分からん。奴らより先に、《リアクター》を見つけ出す。旅の準備を始めるぞ」

地図の上に置かれた《アークライトの羅針盤》が、再び、光を放ち始める。

その針が示すのは、東。

大戦の傷跡が生々しく残る、ウェイストランドの、その先。

最初のリアクターが眠るという、旧アストレア研究所――セクター・ゼロ。

リベルタスという家を失い、しかし、仲間という、かけがえのない絆を手に入れた、カイとイヴ。

二人の、そして仲間たちの、本当の旅が、今、始まろうとしていた。

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