転校生

 亜人。

 体が大きな巨人であったり、獣の耳や尻尾が生えた獣人であったり、極端に長い寿命を持ったエルフであったり、人とは違う種族的な特徴を持つ存在、亜人。

 その存在が表に出てき始めたのは今よりたった数十年前の話だ。

 長きにわたった続いた人類の歴史。それが数十年前に終わったのだ。これまで表にはいない存在とされ、抑圧され続けていた亜人たちは第二次世界大戦で世界各国が自国の勝利の為に亜人の力を頼ったところから表に出始めた。そして、枢軸国と連合国との間に締結されたベルン講和条約によって、亜人の存在は当たり前のものとなった。

 2000年代に生まれた僕たちにとって、もう亜人は見慣れたものとなり、目新しさもなくなった。


「咲依さんは本当に吸血鬼なの!?」


「うわぁ……髪、サラサラで綺麗」


「私、!よろしくね!」


 それでも、僕たちのクラスに転校生としてやってきた吸血鬼という種族は珍しかった。


「吸血鬼……吸血鬼かぁ。本当にいたんだなぁ」


「そうだね」


 吸血鬼。

 存在していることは巷で語られているが、表舞台に立つことはほとんどない。吸血鬼を一目見たことのある人の方が珍しいだろうね。


「んで?お前は何でそんな彼女のことを見て昨日の!なんて叫んだんだ?めちゃくちゃ注目を浴びていたじゃないか」


「あー」


 僕は自分の隣にいる友人、今野春樹の疑問の言葉に何て返すか悩む。


「いや、昨日、彼女からちょっと助けられてね。それであの言葉」


 少し悩んだ末、めちゃくちゃ端折って答える。

 僕が昨日の夜、裏路地の方に行って危ない人たちに囲まれたとか、そんな話をする必要性はないように思う。


「昨日はすぐに別れちゃって……だから、彼女にはお礼をしたいんだけど……」


「まぁ、あの人だかりじゃ厳しいだろうな」


「うん。そうだね」


 今、吸血鬼の少女、神崎咲依さんの周りにはクラスの女性陣が集まってワイワイと騒いでいる。

 あの中に割って入れる男子は存在しない。

 僕を含め、クラスの男子たちはチラチラと多くの女子に囲まれている神崎さんを眺めることしかできない。


「ねぇねぇ、吸血鬼について少し聞いてもいい?」


「……」


「神崎さん……?」


 だが、神崎さん周りの雰囲気は既に不穏なものになっていた。

 神崎さんが自分を取り囲んでいる女子たちの言葉をすべて無視を決め込んでいたからだ。

 熱心に話しかけていた女子たちも次第に口を閉ざし始め、困ったような雰囲気が流れ始める。


「私に話しかけないで頂戴」


 そんなとき、神崎さんは立ち上がって開口一番拒絶の言葉を口にする。


「「「……ッ!?」」」


「私は誰ともなれ合うつもりはないから」


 周りの女子たちが息を飲み、どうすればいいかわからないとばかりの表情を浮かべていた中で、神崎さんはその場を立ち去り、教室から出ていってしまう。

 もうすぐ一限の授業も始まるというのに。


「す、すっごい子だな……何だ、今の」


「あっ、今がチャンスかも」


「えっ!?うそだろ!?」

 

 女子たちが離れ、神崎さんが一人になった。

 話しかけるのであれば、今が一番だ。

 そう判断した僕は迷うことなく教室から出ていった神崎さんのことを追いかけていった。


「神崎さん」


 廊下を歩いていた神崎さんの後ろから僕は声をかける。


「貴方は……」


 僕から名前を呼ばれた神崎さんは足を止めて振り返り、僕の顔を見てちょっとだけ驚いたような表情を見せた。


「んっ、僕の名前は神谷蓮。よろしく」


「別に名前を聞いていたわけじゃないわよ……ただ、昨日あんなのことがあったのに平然と私に話しかけてきた貴方に驚いただけ」


「えっ!?だからこそ、こうして声をかけたんだよ。お礼言い損ねちゃったし」


「……そう。でも、さっきも言ったけど、私は誰ともなれ合うつもりはないわ。さっさと消えて頂戴」


「いやいや!そんなわけにはいかないよ!」


「それは貴方が決めることじゃないわ。消えなさい。私と関わっていいことなんて何もないわ」


「ちょっと待ってよ!僕にお礼させて欲しいんだけどっ!」


「そんなのは要らないわ」


 神崎さんは僕から視線を外して再度背を向け、そのまま歩き去ろうとする。


「いやいや!そういうわけにもいかないから……ッ!」


 助けてくれたものにはお礼を。

 それが僕が受けてきたお礼だ。助けてもらったままというままではいられない───それに、自分の立場的にも僕は彼女のことを放置するわけにはいかない。


「……ちょっ!?ついてこないでよ!」


 スタスタと離れていく神崎さんを追いかけ、隣を歩く僕に向かって彼女が叫ぶ。


「良いじゃん。良いじゃん。このまま学校の案内でもしようか?うちの学校は色々な施設があるし、一回見て回ってみると良いと思うよ?」


「要らないわッ!」


 僕の言葉に対し、神崎さんは不快感を示して叫ぶ。


「あっ……」


 そして、そのままその体を霧へと変え、僕の前から忽然といなくなってしまった。


「……あれが、吸血鬼の霧化か」


 吸血鬼の霧化。

 始めて見たその力を眺める僕は、これ以上追いかけるのは無理だと判断し、諦めて一旦は教室に帰ることにした。



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