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アオイくんは植木鉢に刺さったものを少しずつ調整している。それになんの意味があるのかはわからない。三角定規を触れたか触れないかわからないぐらい少しだけ動かし、ラムネ瓶を少しだけ左に回転させる。おそらくアオイくんは一日中そんなことをしている。

その繊細な動きは何か精密な楽器を調律しているようだったり、チェスの次の一手を考えているようだったりするのだから不思議だ。

私はひんやりとしたフローリングに座り、そんなアオイくんのことを眺めてるのが好きだった。


この部屋に初めて来たとき、アオイくんは私に「イトウ、さんだっけ? この部屋には『え』がないから、かいて。その持ってきた紙束の裏にでもなんでもいいから。早く。」

と、言われた。

『え』がないというのはどういうことだろうかと思ったけど、『あ』『お』『い』と『い』と『う』があって『え』がないと、そういうことを言っているのかもしれないと思った。

宿題はアオイくんにやってもらわなきゃいけないし、私は自分の筆箱からペンを出して学校のおしらせのプリントの裏に大きく『え』と書いた。

「アオイくん、書いたよ。『え』。」

私がアオイくんにそれを見せると、アオイくんは少し驚いたような顔をして

「イトウさんはなかなかセンスがいいね。素質があるよ。」

と言った。何に対してのセンスなのか、何に対しての素質なのかは全くわからなかったが、アオイくんが私に対してなにか肯定的なことを言ってくれたのは嬉しかった。

私が書いた『え』は部屋の壁に貼られている。


アオイくんは『秩序』を重んじている。

並べた植木鉢もその『秩序』の一環らしい。

私はそれについて全ては理解はできないのだけれど尊重はしようと思っている。

一方、アオイくんは私に対して何を思っているのかはわからない。


アオイくんは私が部屋にいても特に何も言わない。プリントを届けたあとにアオイくんのことを見ていても、フローリングに寝そべりながら自分の宿題をやっていても(アオイくんの部屋には家具と言える家具がひとつも無い)、アオイくんは植木鉢に掛かりっきりだ。

無関心なアオイくんといるのは居心地がよかった。

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