あの日の思い出

高原リク

あの日の思い出

 私が目を覚ました時初めて目に入ったのは、白く、きれいな天井だった。

 次に目に入ったのはカーテン、そして点滴の袋。

 そこで私は病院にいるのだと確信した。


 そして薄っすらと思い出す、ここに来る前の最後の記憶。

 海岸沿いの緩やかなカーブ。

 突然の対向車の強いヘッドライト。

 そこで私はハッとして周りを見る。


 彼の姿が無い。


 私が病院にいるのなら、彼も病院にいるはず。

 体を起こして彼を探そうとする私に、身体は激痛を発する。

 その痛みに悶えていると、ふいにドアがガラガラと開く。

 看護師さんが私の様子を見に来たようだった。

 その看護師さんは「大丈夫ですか」と慌てたように声をかけ、先生を呼んできますと走って行ってしまった。


 私は彼について聞けないままだった。


 しばらくして、白衣を着た初老の男性とさっきの看護師さんが入ってくる。


「大丈夫ですか?意識ははっきりしてますか?」


 私は先生の言葉に首を縦に振る。


「痛いところはありますか?」


 長い間声を発していなかったのだろうか、思ったように声が出せず、かすれたように小さく「全身が……。」としか言えなかった。


「痛み止めを出しましょう、身体の方は大分回復していますから、大丈夫。すぐよくなりますよ。」


 小さい声だったが無事に伝わったみたいだった。


 先生は看護師さんに2、3会話をした後、病室から去って行った。

 看護師さんもそれに頷くと、痛み止めを準備しに行ったのか足早に病室を出ていく。


 彼は大丈夫だったのだろうか。


 誰にも聞けないまま、私は痛みに促されるように意識を手放していった。


 翌日、だと思う。

 私が目を覚ました時、ちょうどご飯が配膳されていた。


 私に配膳されたのは、具の入ってなさそうなスープとほうじ茶、フルーツオレだった。


 おいしそうな匂いにおなかが刺激されたのか、大きな音が鳴る。

 痛む身体でスープにスプーンを入れて一口。

 あまり味がしない。

 でも何日かぶりの食事に胃は大喜びしているかのように大はしゃぎだった。


 今なら声も少し出せそう。


 食事が終わり、看護師さんがお昼の巡回に来た時、意を決して彼のことを聞いてみた。


「私からは何も言えないかな、ちょっと先生と話してきますね。」


 テキパキと仕事をこなしながら、私の話を聞いてくれた看護師さんは、先生に話しに行ってくれた。


 その日の夕方。


 私の部屋に先生が来た。

 その後ろには先生より少し若そうな、2人の警察官を連れてきていた。


「〇〇さんですね?私、K警察署の▽▽と申します。こっちは××。先日の灯台近くで起きた事故のことを聴きたくて参りました。お身体は大丈夫でしょうか?」


 そうだ、私は事故に巻き込まれてここにいたんだった。

 私はこくりと頷く。


「2週間前……4月5日土曜日、18時頃にK灯台通りの下り線を通行中、上り線からはみ出して走行してきた乗用車と衝突。そこで意識不明となり、こちらの病院に運ばれた。ここまでよろしいでしょうか?」


 2週間!?

 私は驚きを隠せなかった。




 日付は間違っていない。

 私が急にもう1回式場を見に行きたいって言った日。


 時間も大体それぐらいだったと思う。

 式場を出て、少し遠回りして帰ろうって言った。

 海岸沿いの少し切り立った崖通り。

 そこから見る景色が私は好きだった。

 彼もそれを知っていて、そこを通ってくれた。

 その帰り道。


 私は無言で頷く。


「間違いなさそうですね、運転されていたのは□□さんで間違いないでしょうか?」


 そうだ、彼はどうなったんだろう。


「はい、彼は今どこに?」


「残念ですが、□□さんは亡くなられました。」


 その言葉に、私は耳を疑った。

 彼が?

 再来月には式を挙げる予定だったのに?

 嘘だ。

 いろんな感情が頭を、心を駆け巡っていく。


 堰を切るように私の両目からは涙があふれていた。


「心中お察しいたします。まずは身体を休めてください。」


 そういって、警察官の二人は病室から出て行った。


「警察の人も言っていたようにまずは、休みましょう。」


 先生もそういって病室を去っていく。


 一人きりになった病室では、私の嗚咽だけが殺風景な空間にこだましていた。




 私が目を覚ましてから2か月が経とうとしていた。

 今日は私の退院日。 

 彼を失った私は虚無感から何もする気がなく、しばらくは寝て起きて食べるだけの繰り返しだった。


 1か月ほど過ぎた頃、事故の結末がすべて明らかになった。


 突っ込んできた相手の車は飲酒運転の車で、曲がりくねった海岸通りをオーバースピードで駆け回っていたそう。

 そんな時に運悪く私たちが通りかかり、運転席同士で正面衝突、彼と相手の運転手は帰らぬ人となった。


 要約したらたったそれだけ。

 新聞の地域面に少しだけ書かれたのを、私は見つけた。


 事故を起こした相手の親がこちらに見舞いに来たこともあった。

 謝罪の言葉と今後数年は困らないくらいのお金。

 許しはしてないけど、謝りに来た人たちには何もない。

 運転していたアイツが悪いだけだ。


 今回の事故で職場復帰も難しく、しばらくはのんびりしながら生活しようかと思ってる。


 お昼前、遠方に住んでいる両親が病院まで迎えに来てくれた。

 元々休みを取っていたそう。

 それもそうだ、明日は私と彼の結婚式の予定だったんだから。


 両親につれられ、彼と住んでいたアパートへ帰る。

 部屋は私たちが居なくなってから時が止まったようにそのままだった。

 そのまますぎて私が最初にしたことは大掃除だった。


 三角コーナーに残しておいた刺激臭のするゴミの処理。

 溜まったほこりと刺激臭を処理するための換気。

 帰った日は両親に手伝われながらそんなことをしていた。


 翌日。

 6月15日。

 今日は彼と私の結婚式、だった日。

 朝から気合を入れてメイクをする。

 彼と初めて会った頃みたいに、気合を入れて。

 彼の好きだった白のワンピース。

 私には清楚すぎて似合わないよって伝えても、「それがいい。一番似合ってるよ」って言ってくれてお気に入りになった服。

 彼が初めてプレゼントしてくれたネックレスも付けて、とびっきりのおしゃれをして外に出た。


 駅までの道すがら花屋に寄る。

 彼も私も大好きだった、バラの花を1本だけ。

 きれいに包んで、整えてもらう。


 駅でタクシーを拾って、結婚する予定だったチャペルへ向かう。

 チャペルの駐車場に着いた頃、式場からは私たちじゃない誰かの結婚を祝う鐘が鳴る。


 そこから背を向けて灯台の方へ。


 ヒール付のサンダルだと少し歩きにくいゆったりとした上り坂を登っていく。

 あの日できなかったお別れをするために。


 チャペルを出て2時間くらい。

 私は事故をしたと思う場所に着いた。

 私の一番好きな景色が見える場所。

 そんなところで彼は生涯を終えた。


 ガードレールはへこみ、その下にいくつかの花束と缶コーヒーや酎ハイが添えられている。


 彼、こういうの好きだったなぁなんて思いながら私は持ってきたバラの花を置く。


 バラを置いてそのまましゃがんで手を合わせる。


「いままでありがとう、本当に大好きだったよ。」


 私はそう思いを込めその場で念じる。

 彼に伝わったかな。


 最後に、一つだけ。

 今から彼が嫌がるだろうなってことをする。






 

 私はガードレールを乗り越え、海に身を投げる。







チャペルの鐘の音は今も鳴り続けていた。

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あの日の思い出 高原リク @asknao19940815

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