ネット探偵 上原葵

渋沢あずる

序章

ネオンシティの夜は、青い光でできている。


高層ビルの隙間を縫うように、青いネオンの帯が脈打つ。街角のARディスプレイが、SNSの「いいね」の数をリアルタイムで映し出し、通行人の瞳に青い光を宿す。この街では、ネットが空気。誰もがAETHERに接続し、投稿一つで人生が決まる。


そんな世界で、わたし――上原葵は、ネットの裏側を泳ぐ魚。


「ふーん、またゴミみたいな投稿ね。ほんと、ネットって正直者がバカを見る場所よね」


スマートフォンの画面を指でなぞりながら、わたしは小さく笑う。ディスプレイに映るのは、AETHERのタイムライン。派手なプロフィール画像の裏で、誰かが匿名で吐き出した悪意の塊。企業秘密をリークしただの、有名人を中傷しただの――そんな「つぶやき」が、わたしの狩場。


今夜のターゲットは、ID「DarkPuppet」。こいつ、表では清純派インフルエンサーを気取ってるけど、裏垢で同業者を叩きまくってる偽善者。BlueTraceが解析したデータによれば、こいつの投稿はネオンシティの西区から発信されてる。特定済み。簡単すぎて拍子抜け。


「さて、ゲームの時間よ」


わたしはAETHERにログイン。「Aoi_the_Trickster」のハンドルネームで、ターゲットに一撃を食らわせる投稿を準備する。キーボードを叩く指が、まるでピアノを弾くように軽快。


> 「@DarkPuppet さん、裏垢でずいぶん楽しそうなこと呟いてるね? でもさ、IPアドレスって、隠したつもりでもバレるのよ。西区のあのマンション、いい眺め?」


投稿ボタンを押した瞬間、タイムラインがざわつく。DarkPuppetのフォロワーたちが「え、なに?」「マジで?」と反応し始め、炎上の火種がチラチラと燃え上がる。いいね。こういう瞬間、嫌いじゃない。


でも、次の瞬間、画面に赤い警告が点滅。


> **警告:不正アクセス検出。ユーザーAoi_the_Trickster、活動制限の可能性。**


「は? サファイア、気が早いんじゃない?」


AETHERの管理AI、サファイア。ネットの秩序を守る「正義の番人」らしいけど、わたしからすればただの邪魔者。青いホログラムの警告画面を睨みつけ、わたしはShadowLinkを起動。暗号化されたデータストリームが、ブルーヴォイドの奥深くへとわたしを導く。


「悪いけど、わたしを捕まえるにはまだ100年早いわ」


画面の向こう、青い光の海が広がる。そこはわたしの戦場。真実と嘘が交錯する、ネットの裏側。


でもさ、ちょっとだけ気になることがある。DarkPuppetの裏垢、ちょっと出来すぎてる気がするのよね。まるで、誰かがわたしを誘い出そうとしてるみたいに――。


ま、いいわ。どうせ、わたしの燃料になるだけ。


青い光を背に、わたしは次の投稿を準備する。この街で、わたしが暴く真実は、まだまだ尽きない。

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