第1話:ブルーヴォイドの罠

ネオンシティの夜は、いつも青い光に染まるけど、今夜はなんだか少し違う。空気がピリピリしてる、って言うか? わたしのスマホの画面も、いつもより青く光ってる気がする。


AETHERのタイムラインは、相変わらずの喧騒だ。「いいね」を稼ぐために必死なインフルエンサー、匿名で毒を吐く裏垢ユーザー、企業の宣伝bot――全部、わたしにとってはただのデータ。だけど、その中に紛れてる「本物」を、わたしは見逃さない。


「さて、DarkPuppetの炎上、いい感じに燃えてきたかな?」


わたしはスマートフォンを手に、ネオンシティの路地裏にあるカフェ「ブルーモニター」に腰を下ろす。青いLEDが埋め込まれたカウンターが、わたしの顔をほのかに照らす。ここはネット探偵たちの隠れ家――まあ、隠れ家ってほどでもないけど、Wi-Fiが爆速で、店員が口軽くないから気に入ってる。


BlueTraceの解析画面をスクロールすると、DarkPuppetの裏垢が特定したマンションの位置情報が点滅してる。投稿パターン、IPアドレス、使ってる絵文字の癖――全部、わたしが仕掛けた投稿への反応でバレバレ。こいつ、ほんと詰めが甘い。


「ふーん、フォロワー減ってるね。ざまあないわ」


わたしはAETHERに次の投稿を打ち込む。ターゲットを追い詰めるのは、いつもこの瞬間が一番楽しい。


> 「@DarkPuppet さん、慌てて裏垢消したって遅いよ? スクショはちゃんと保存済み。次は何を暴いてあげようかな?」


送信。タイムラインが一瞬でざわつく。DarkPuppetのフォロワーたちがリポストしまくり、炎上がさらに加速する。わたしはコーヒーを一口すすりながら、ニヤリと笑う。完璧。


――と思った瞬間、スマホがブブッと震えた。AETHERのDMだ。差出人は……「SilverFox」?


「は? なにこのタイミング」


シルバーフォックス。ネット探偵界隈じゃ有名な「正義の味方」。ルールを守り、企業や警察と連携してネット犯罪を解決する、めっちゃ真面目な奴。わたしとは正反対。銀色のキツネをアイコンにしたこいつのDMなんて、ろくな話じゃないに決まってる。


> 「Aoi_the_Trickster、やりすぎだ。DarkPuppetはただの囮だよ。君が追ってるのは、もっと大きな獲物だ。手を引け。警告したからな。――SilverFox」


「……はぁ? 何様?」


わたしは思わず声に出して毒づく。カフェの店員がチラッとこっちを見るけど、気にしない。囮? 大きな獲物? シルバーフォックスのこの上から目線、ほんとムカつく。だけど、ちょっとだけ胸がざわつく。DarkPuppetの裏垢、確かにちょっと出来すぎてた。わたしを誘い出すための罠……?


「ま、いいわ。罠なら罠で、食らいついてやる」


わたしはShadowLinkを起動。ブルーヴォイドの青いデータストリームが、目の前のARゴーグルに広がる。DarkPuppetの投稿履歴をさらに深掘りすると、妙なパターンが見えてきた。こいつの裏垢、特定の企業――「ネオテック社」の名前を何度も匂わせてる。ネオテックって、AETHERの運営母体じゃん。まさか、サファイアと関係が?


その時、ゴーグルの視界に赤い警告が点滅。


> **警告:ブルーヴォイドへの不正侵入を検知。ユーザーAoi_the_Trickster、即時アクセス停止。**


「うそ、早っ! サファイア、ほんとしつこい!」


わたしは急いでコードを打ち込み、ShadowLinkの暗号化を強化。サファイアの追跡を振り切るために、ダミーデータをばらまく。ブルーヴォイドの青い光が揺れ、データストリームがまるで嵐の海みたいに荒れ狂う。


「ふぅ、ギリギリセーフ」


カフェのカウンターに突っ伏しながら、わたしは息をつく。だけど、頭の中はフル回転。DarkPuppet、シルバーフォックス、ネオテック社――このピース、どう繋がるんだ?


「葵姉貴! 大丈夫!?」


突然、甲高い声がカフェに響く。振り向くと、ピンクのツインテールが揺れる少女――ミオが、ノートPCを抱えて突っ込んでくる。わたしのネット上の盟友で、陽気なハッカー。リアルで会うのは初めてだけど、このテンション、めっちゃミオっぽい。


「ミオ? なんでここに?」


「だって、姉貴のShadowLinkがサファイアにロックオンされてたから! 助けに来たよ! ほら、これ見て!」


ミオがノートPCを広げると、画面にはネオテック社の内部資料らしきデータが。どうやら、DarkPuppetはネオテックが仕掛けた「囮アカウント」で、わたしをブルーヴォイドの奥深くに誘い込むための罠だったらしい。


「ミオ、ナイス! でも、これ……やばい規模の話じゃん」


わたしはゴーグルを外し、青い瞳でミオを見つめる。ネオテックが何を隠してるのか、シルバーフォックスが何を知ってるのか――そして、わたしが暴こうとしてる「真実」は、どこまで深い?


「ねえ、ミオ。準備はいい?」


「え、なになに? また姉貴の無茶なプラン?」


「無茶じゃないよ。ゲームのレベルアップってだけ」


わたしはスマホを手に、AETHERのタイムラインに目をやる。青い光が、わたしの指先で揺れる。この街の裏側で、もっと大きな炎が燃える準備はできてる。


「さあ、ネオテックさん。わたしを罠に嵌めるなら、もっと上手くやらないとね?」

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