2話 村の魔法と“も連想”の片鱗

 森を抜けて、しばらく歩いた頃だった。


 見えてきたのは、丘の斜面に寄り添うように並ぶ小さな集落。

 土壁と藁葺き屋根、石畳の道。まるで昔話の世界みたいだ。


「ここが“ポルヴィル”ッピ。湧き水がきれいで有名な村ッピ」


 宙に浮かぶ小さな妖精――〇んぴ(名前の前半は相変わらず濁って聞き取れない)が誇らしげに言う。

 ……おまえが誇るのはおかしくないか?



 村の広場で、俺は案内された。


「旅人かい? 珍しいな。よければ、教会で魔力の波を見てもらうといい」


 初老の村人にそう勧められ、ついて行った先には、石造りの小さな建物があった。


「こんにちは。私はエナ。ここで神託と魔力を見ています」


 出迎えたのは、ローブをまとった女性だった。


「えっと、俺は……真田流之助。さなだ、りゅうのすけです」


「流之助さんですね。では、少し魔力を見せてください」



 水晶のような球体に手をかざすと、内部がゆっくりと水色に波打った。


「やはり……あなたは強い水属性ですね。珍しいわ」


「水、ですか……」


「おまえは“水を操る者”ッピ。でもそれだけじゃないッピ。

 本当の力は……まだ出てないッピ」


「まだ出てないって……おまえ、さっきから何を……」


 こいつはどうにも、説明をはぐらかすのが得意だ。



 そのときだった。


 村の中央、井戸のあたりがざわついていた。


「水が出ないのよ!」

「昨日までは普通だったのに……」


 覗き込むと、井戸の底に黒い塊がへばりついているのが見えた。


「……詰まってるな」


 思わず口に出した。

 詰まり、流れが止まる――それは、長年トイレにこもってきた俺にしか分からない直感だった。


「見てろッピ、ご主人。ここで一歩、踏み出すッピ!」


「踏み出すって……」


 右手に、なぜか――イメージが走る。


 L字パイプ。異物除去棒。

 トイレ掃除の道具。


「……出せ」


 呟くと、右手に軽い感触が生まれた。

 白く、プラスチック製のL字パイプ。


「……いや、これ、俺が?」


 半信半疑のまま、パイプを井戸に向ける。


「流れろ……!」


 左手から青白い光が生まれ、井戸の中に走る。

 黒い塊が崩れ、光に巻かれて消えていった。


 直後――井戸から水が噴き出す。


「おおおおっ!?」

「水が戻ったぞっ!」


 村人たちが歓声を上げ、俺はパイプを握ったまま、ただ呆然としていた。


「やったッピ、ご主人!それが“も連想”の片鱗ッピ!」


「……まだ説明聞いてないけどな……」



 夜、村の片隅。


 俺は井戸を見つめながら、肩を落とした。


「はぁ……なんで俺、異世界来てまで……トイレ由来の魔法なんだ……」


 かっこいい剣士とか、雷を放つ魔法使いとか、そういうのを想像してたわけじゃない。

 でも、まさか、こんな力だなんて。


「ご主人……」


 肩にちょこんと乗ってきた〇んぴ(相変わらず、名前の最初は濁って聞こえない)。


「信じてるッピよ。スケットンなら、もっとできるッピ」


「……ほんとかよ」


「……“スケットン”ってなんだよ!」


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


 分からないことだらけだ。

 でも、ひとつだけ分かっている。


 ――俺の力は、流すことにある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る