何してるって?「読書だよ!」トイレに居すぎて異世界チート!

西川 涼

流される前の日常

 段ボールの山を足元に、俺は深いため息をついた。


 34歳、無職、貯金なし。

 アパートを追い出され、仕方なく実家に戻ってきた男の末路だ。


「はぁ……」


 家の空気は、懐かしさと同時に、胸を締めつける重さを連れてくる。


 昔はここが大嫌いだった。

 何もできない自分を、家族が見る目。

 何も変えられない自分を、俺自身が見ている感覚。


 だから、まず向かう場所は決まっていた。



「流之助ー、なにしてるの?」


 母の声が、廊下の向こうから聞こえる。


 俺はドアの内側、便座に座ったまま返事をした。


「読書だよ!」


 狭くて閉ざされた空間――ここは俺にとって唯一の聖域だった。


 手元の文庫本をめくる。

 何ページ目だったろうか。


 ページをめくった、その刹那――

 タンクの奥で「ポコポコ」と響いていた水音が、まるで呼吸のように意志を持ちはじめた。


「……え?」


 目を上げた瞬間、タンクのレバーが勝手に下がった。


 ガコンッ――!


 便器が光を放ち、俺の身体が便座ごと沈み込んでいく。


「ちょ、ちょっと待て!えっ、うそ、うそだろ!!」


 頭の中が真っ白になる。


 便器に吸い込まれ、宙を舞い、ページがちぎられ、現実がねじれ――


 そうして、俺は“流され”た。

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