2話 日常に帰ってきたはずなんだけど


みずきちゃんは頭を下げて手を差し出した状態から動かない。クラスのみんなが何事だろうと噂をしている。


「えっ何、告白?」


手を差し出すみずきちゃんと驚く優子を見て教室に戻って来たまりちゃんが目を丸くして言った。


「ちっ、違うわよ!」


優子が慌てたように弁解した後、頭を下げっぱなしだったみずきちゃんの姿勢を戻した所で先生が来てしまったのでその場は解散して、休み時間にみずきちゃんの話を聞くことにした。休み時間に机を並べてみずきちゃんの話を聞く。


「…別にわたしはみずきちゃんと一緒にギター弾きたいねって話してたから全然良いんだけど、みずきちゃん夏休み前にバンドを軽音部の子達と組んだって言ってなかったっけ?てっきりそのバンドで文化祭を目指すものだと思ってたわ」


優子が首を傾げながらみずきちゃんに質問する。一応私達も幽霊部員として入っている軽音部は普段の練習の成果を冬にある文化祭で発表するのを目標に活動している。学期の区切りなどで部内の身内ライブを開いたりしているらしいが幽霊部員の私達はそのライブに参加した事がない。


そもそも私達が軽音部に入ったのも一応学校の中の居場所として緩い部活に入っておいた方が良さそうという理由だったからで、あきの思いつきで夏休みにバイク旅をする事になってからはその準備で部活どころじゃなかった。


「確かに組んでたんですよ…?組んでたん、ですけど、音楽性の違いと言うか…。ほら、私結構激し目な音楽が好きじゃないですか?文化祭でもそういう曲やりたくて軽音学部入ったんですよね…?それで、バンド組んでくれた子達も最初はそれで良いよって言ってくれてたんですけど、いざ練習始めると、やっぱりこんな難しいの出来ない、とかダサいって言われちゃって…。ずっとゆうきちゃんと二人で他のメンバーの子達に教えたりとか、色々頑張ったんですけど…」


しゅんと気落ちした様子でポツポツと事情を説明し始めた。確かに、激しい系のってテンポも速いし、音の数も多いから難しい。家に楽譜があったからギターで練習したことあるけど、手が痙攣しそうになった。


「でもっ…!聞いて下さいよ…!」


さっきまでの気落ちした様子から変わってキッと顔を上げてみずきちゃんは語り出した。


「私達が頑張って教えて、次集まる時にここまで出来るようになって来てねって言っても、全然練習してこないし…!夏休み集まって一杯練習しようねって言っても、夏休みを使ってまで練習したくないって言うし…!楽器が出来るんだったらまだしも!全然出来ないのに練習しないで出来るようになる訳ないじゃないですか?!それでも頑張って説得して、夏休みに練習してくれるって言ってくれたけど、やっぱり彼氏が出来たから彼氏優先で夏休み集まらないって言い出して…!なんなら文化祭出るのやめるし軽音学部もやめるって言って…!なんなんですか!彼氏のナニを握ってる暇があるならギターのネック握って練習しろよって思うじゃないですか?!それでっ!…それで結局、バンドはそのまま消滅しちゃいました…」


相当鬱憤が溜まっていたのか堰を切ったようにバンドが解散するまでの経緯をみずきちゃんが吐き出した。普段大人しい子が勢い付いて話すと結構怖い。というか、途中さらっと凄い事言ったな。


「お、おう…」


下ネタ大好きな晶もみずきちゃんの勢いに引き気味だ。


「んっ、んんっ、そっ、そうなのね…。でも幽霊部員大歓迎の緩い軽音部なんだし、他のメンバーに練習を強要する事は難しいんじゃないかしら…?きっと」


優子も若干引きながら咳払いをしてみずきちゃんをなだめる。まぁ、そうだよなぁ。軽音学部で本気でやってる人ももちろん一杯いるんだろうけど、音楽活動は別に部活じゃなくてもどこでだって出来る。インターネットでバンドメンバーを募集したり、街のスタジオでメンバー募集を張り出したり応募してもいい。発表の場だって学校の文化祭じゃなくても街のライブハウスやインターネット上など、色々あるだろう。


「それは、私も分かってますけど…。部活で出来ないなら軽音部じゃない方法も探すべきなんでしょうけど…。でも私、家が厳しくてお父さんにライブハウスや夜の街に出歩くの禁止されてて…。だから軽音部でやるしかないんです…」


私もライブハウスに行った事がないからよく分からないけど、一昔前は実際に治安の悪いライブハウスもあったらしい。といってもお父さんが若い時の話らしいから今はどうなっているかは分からない。みずきちゃんのお父さんもその時のライブハウスとかは不良が集まる所、というイメージが続いているのだろう。


「そういえば、さっき優子達って言ってたけど、私と晶も入ってるの?優子はともかく、晶と私はそこまで楽器上手くないよ?」


みずきちゃんの話しを聞いて私も口を挟む。軽音学部でバンドをするしかない理由も分かったし、バンドメンバーに演奏技術を要求したい理由も分かった。でもそうなると毎日ちゃんと練習している優子はともかく、簡単なコードくらいしか弾けない晶と、弾けはするけど今は気分転換くらいでしか楽器を触らない私だとみずきちゃんの要求に釣り合わないだろう。


「良いんです!ちゃんと練習してくれそうだし。育美ちゃんはドラムも出来るって優子ちゃんから聞きました!晶さんも声が良く通るから是非ボーカルをして欲しいって思ってて…」


「へっ?あたしもか?音痴だぞ。あたし」


「私も、ドラムっていってもほんと、基礎の基礎くらいしか知らないよ?」


ドラムはバンドのリズムを支える屋台骨で、毎日の練習が物を言う楽器だ。叩くの自体はドラムのパターンを覚えればそれっぽくはなるけど、人に聞かせるレベルになるには個人練習もそうだし、メンバーとの練習も沢山しなきゃならない。


「普段そんな演奏してないっていうのも優子ちゃんから聞いて知っているんですけど、もう他にドラムでバンド組んでない人いないんですよ…。それと、激しい音楽やるなら楽器隊に負けないくらい声量があるボーカルが必要で…。カラオケで歌が上手くってもバンドでやれるくらいの通る声持ってる人がいないんです…」


まぁ、晶は声でっかいからなぁ。休み時間にトイレ行った帰りとか、廊下にいても晶が教室で喋っているのが聞こえるし。

ドラムの人手不足は、まぁそうだろう。ドラムって練習するのに設備がある程度必要だし、ギターやベースと違って気軽に始められる楽器じゃない。私はお父さんが楽器屋なのもあって、ありとあらゆる楽器が家にあるから小さい頃から遊び半分でお父さんに教わっていたけど、普通の子の家にドラムや電子ドラムはないだろう。

ちなみに家にドラムが無いドラマーはどうやって練習するかというと、音の鳴らないパットを買って、それを叩いて練習したり、雑誌を積み重ねてそれを叩いたり、椅子に座って自分の太ももを手で叩いて練習したりするらしい。大変だ。


「私、友達が少ないし、頼れる人がいないんです…!…やって、くれませんか…?」


泣きそうな顔で私達を見つめるみずきちゃん。みずきちゃんは普段大人しくて声が小さめでか細く話す子だからそんな顔をされるとこっちが悪い事をしているみたいな気がする。でも、来年の夏休みの旅に向けてバイトも一杯したいし、やりたい事は他にも色々あるんだよなぁ…。


「うーん…。…ねぇ?晶、育美。ここまでみずきちゃんが言ってくれるなら一緒にバンドやってみない?わたし、晶に誘われてこの夏旅しててとても楽しかったけど、それって晶が誘ってくれたからだし、育美が一緒に行ってくれたからよ。自分一人じゃ絶対やらなかった事でも、やってみると本当に楽しかったもの。だから、バンドも同じだと思うの。来年の夏、また旅に出るとしても文化祭は今年の冬だし、色々余裕はあると思うのよね…。どう、かな?」


優子は私達とバンドをしたいと思っているようだ。気遣わしげな表情で優子が私達に言った。


晶と顔を見合わす。晶の表情が優子にこう言われたらしょうがないよな、と言っている。そうだね。しょうがないね、と目線で返事した。


「もう…。分かったよ。でも私ほんっとー、にドラム下手だからね?!期待しないでね?!」


「あたしもだ」


私と晶の返事を聞いて優子とみずきちゃんの表情がパアッと明るくなった。


「うん…!うん…!よろしくお願いします!」


うん、しょうがない。小さい頃からお互いのやりたい事を一緒にやってきた仲だ。みずきちゃんとも仲良くなりたいし、これはもう、覚悟を決めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る