高校生原付キャンプ旅【旅をしない軽音部編】

福浦萩

1話 帰ってきた日常

※この物語はフィクションです。実在する人物、施設、団体等とは一切関係がありません。


※この物語は「高校生原付キャンプ旅~行ける所まで行ってみる~」の続編、外伝的なお話です。タイトルに「旅」とありますが、この物語ではキャンプ旅はしません。何故か軽音楽部のお話になってしまいました。

 その為、前作を読んでいなくても何も問題はありません。前作を読んでくださった方は三人の高校での日常(?)のお話と捉えてくだされば幸いです。



高校一年生の夏休みが終わり、新学期が始まった。

夏休みのギリギリまでバイク旅をしていたからなんだか旅の生活と学校生活との落差が凄い。

教室にはクラスメイトとの久しぶりの再会ではしゃぐ声が溢れている。


クラスを見回すと夏休み中部活に精を出したのか日焼けで真っ黒になっている男子や、夏休み前とは印象が変わった女子などが特に目につく。きっとそれぞれの夏休みを精一杯過ごして来たのだろう。


私達三人も毎日原付を走らせて、キャンプ場で寝泊まりして、北海道の最北端まで行って、神奈川県まで帰って来た。一緒に旅をした幼馴染のあき優子ゆうこを見ると他の女子に比べて日に焼けている。私もそうだが一日の大半を外で過ごすと日焼け止めを頑張っていたとはいえどうしても日に焼ける。ぱっと見夏休み中部活を頑張った子達みたいだ。


「学校のこの感じ、なんだか懐かしいわね」


優子もクラスを見渡しながら言う。


「本当になぁ。日常ってこんなんだったなぁって思うわ」


「だねぇ」


クラスの盛り上がりを見ながら三人で話す。夏休み中、毎日この二人と一緒に旅をしていたから改めて話す話題も無いが、このクラスの雰囲気はなんだか新鮮だ。


「ねぇねぇ!育美いくみちゃん達って夏休みバイクでずっと旅行してきたんでしょ?」


席に座って三人で話しているとクラスメイトの子が興味津々といった感じで話しかけてきた。安村まりちゃんといって、クラスのムードメーカー的な明るい子だ。

入学してすぐの頃、三人で固まっている私達にも気後れせずに声をかけて来てくれて仲良くなった。夏休み中も頻繁に連絡をくれて、今何県を走ってるよ、と写真を送ったりしていた。まりちゃんにつられて何人か私達の周りに集まった。


「うん。結局ずーっと走って北海道の一番てっぺんまで行って、そこからぐるっと日本の東半分まわって帰ってきたよ。帰ってきたのほんとつい最近」


「えー!北海道のてっぺん着いたのは写真貰って知っていたけどそこからもずっと走ってたんだ…。それは、長旅だったねぇ…。やっぱり色々な所行ったんだったら美味しいものとかいっぱい食べてきた?何が一番美味しかった?」


まりちゃんの中で知らない土地への旅といえばグルメ旅なのだろう。テレビでは全国津々浦々のご当地グルメが特集されていたりするし、私も行った事ない都道府県の名前を聞いた時に思い浮かべるのはまず食べ物の事だ。大阪だったらお好み焼きとかたこ焼きだし、博多だったら博多ラーメンとか。


「うっ…。それがねぇ…。お金がほんっとうに無くて…。ほぼ自炊で、しかも袋ラーメンとかスパゲッティとか、そういうお金が掛からないものばかり食べてたよ…」


夏休みの旅の途中は本当にお金が無かった。ただでさえバイク旅はガソリン代やその他もろもろのお金がかかるので高校に入ってから始めたバイト代だけではとても行く先々でグルメなんでする余裕はなかった。


話していて毎日のように食べていた袋ラーメンの味が口の中に再現される。もう今年は袋ラーメンを食べたくない。


「えぇ…」


予想外の答えにまりちゃんもちょっと引いている。まりちゃんに送る写真は景色の写真ばかりで食べ物の写真は一枚も送らなかったもんなぁ。まりちゃんもそんな貧相な食事事情とは知らなかっただろう。


「あっ!でも所々では美味しいもの食べたよ?!えーっと、なんか良い写真ないかな…、北海道の温泉で買ったトマト…は美味しかったけど、なんか違うし…。あっ、これ!北海道の函館のハンバーガー屋さんで食べたふとっちょバーガー!美味しかった!」


スマホの写真のカメラロールをスライドさせていくと目に入った函館のご当地ハンバーガー屋さんで食べた時の写真が目に入ったのでまりちゃんに見えるようにスマホの画面をずいっと向ける。優子が撮ってくれた写真だ。おそらく北海道で食べた中で一番お値段が高い贅沢品だ。普段美味しい物食べられないのも相まって文句無しに美味しかった…。


「何これ?!でっかぁ!あはは、育美ちゃん達の顔より大きいじゃん!晶ちゃんも同じの頼んでるし!やばー!食べ切れたのこれ?!」


写真を見て大笑いするまりちゃん達。笑いが取れて良かった。たまには贅沢もしたんだよ。といってもこのバーガーくらいだけど…。


「もちろんだよ。余裕余裕。お金があったらもう一個いけたね!」


「それは無理でしょ」


横で聞いていた優子が冷静に突っ込みを入れた。


「まりちゃんは夏休み何してたの?」


「私は中学校の頃の友達と遊んだり、クラスの子と買い物に行ったり、色々遊んだよぉ。育美ちゃん達とも遊びたかったのにずーっと旅してて捕まらないんだもん。遊びたかったぁ」


まりちゃんが拗ねるように言うのに合わせて周りの子も頷く。クラスの子にこう思って貰えるのは嬉しいな。一学期の放課後は旅の準備やバイトでほとんど一緒に遊べなかったのにそれでもこうして仲良くしてくれてる。良いクラスメイトだ。


「ごめんごめん。無計画で旅してたら結局夏休み丸々使ってたよ。今度どっか遊び行こ?」


「うん!約束だからねー?優子ちゃんも晶ちゃんも!」


「ええ」


「おっけー」


話しが一段落してまりちゃん達は私達の机から離れていった。

まりちゃん、やっぱ良い子だなぁ。夏休み一回も遊べなかったけどこうやって声かけてくれるんだもん。さすがうちのクラスのムードメーカーだ。晶もムードメーカーだけど、晶は外見と活発な感じでムードを作るのに比べて、まりちゃんは周りをコミュニケーションで巻き込んで盛り上げてくれる感じだ。ほんと、良い子だ…。


「あのぅ…。優子ちゃん…」


まりちゃんが離れたのを見計らったのかクラスのみずきちゃんが優子に声をかけてきた。みずきちゃんは優子と同じ中学校だった優子のギター友達だ。私も音楽の話とかをしたりする。優子と同じで結構激し目な音楽が好きで、そのジャンルに凄い詳しい。一学期は夏休みの旅の準備やバイトの日々でゆっくり話す事が出来なかったけど、二学期はいっぱい話して仲良くなれたらいいなと思っている。


「みずきちゃん!一学期ぶり!」


優子がパッと表情を輝かせてみずきちゃんに返事をする。私と晶も続いた。


「うん。一学期ぶり。旅から無事に戻れて良かった、です」


みずきちゃんは夏休み前からそんなに変わってないかな。相変わらず凄く長い髪だ。メガネを掛けている事もあって顔がはっきり見えない。よく見ると可愛い顔しているのにもったいない。というか、夏休みが終わったとはいえまだめちゃくちゃ暑いのに、その髪の長さで暑くないのかな…。


「うん、おかげさまで。みずきちゃんは夏休みどう過ごしてたの?」


優子がみずきちゃんに質問をする。


「特に、何も…。家の手伝い、というか境内の掃除して、終わったらずっとギター弾いて…。あ。でもたまにゆうきちゃんが家に遊びに来てくれて、ベースとギターでずっと練習してた」


そういえばみずきちゃんの家って神社だったな。家の手伝いとか偉すぎる。

話に出てきたゆうきちゃんは違うクラスの子でベースが弾ける子で軽音学部で知り合った子らしい。私は会ったこと無いけど、優子とみずきちゃんが言うには多弦ベースを操る子でかなりの腕前らしい。…優子とみずきちゃんといい、私の周りは多弦ギターや多弦ベースを使うような子が多すぎる。通常の楽器より弦が多い分、弾くのが難しいし、使われているジャンルはメタルとか、弾くのが大変なジャンルが多い。私の中で勝手に多弦ギターやベースを持っている人は変人としてカテゴライズされている。ちなみに楽器屋勤めの父がいる我が家には通常の弦の本数のギターとベースしかない。


「えー。良いなぁ。わたしもその場に居たかったわ…。旅してる時、ずっとギター弾けなくてうずうずしていたのよね…。旅から帰ってからずっとギター触ってたわ」


「その気持ち、分かる…。私も境内の掃除中に我慢出来なくなって箒でエアギターしたりする…」


神社の掃除って事は巫女服を着て掃除するのだろうか、そうだとしたらなんともロックな巫女さんだ。


「あ。そうそう、それで優子ちゃん達に頼みたい事があるんだった…」


巫女服でウインドミル奏法をしているみずきちゃんの姿をぼんやり想像していると、みずきちゃんが姿勢を正して私達に向き直った。深呼吸を何回かした後、意を決したように言った。


「えっとね…、もし良ければ、私とバンド組んで文化祭で一緒に出演して下さいっ…!」


告白をするように頭を下げながら握手を差し出すみずきちゃん。


夏休み明けの初日になんだかみずきちゃんがとんでもないことを言い出した。

でも優子は前々からバンドをみずきちゃんと組めたらいいねと言っていたのでちょうどいいのかもしれない。


みずきちゃんの言葉を頭の中で反芻する。


でも優子ちゃん達に頼みたい事って言っていたな…。って事はもしかしたら私も含まれてるのだろうか。


慌ただしい夏休みの旅の生活が終わって日常の学生生活が始まったが、また何か大変な事が起きる予感がした。

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