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16時半、大学の正門前。
茉耶が着くと、すでに李玖がいて、
イヤホンを外しながら
「おつかれ」と軽く笑った。
「今日、風強いね」
「ね。春のくせにちょっと冷たい」
そんな他愛ないやり取りをしながら
並んで歩く道は、
どこか気まずくもなく、
沈黙すら心地よかった。
*
着いたのは、小さなカフェ。
ガラス張りの店内には落ち着いた音楽が流れ、
奥にはふたりがけの窓際席が空いていた。
「……あ、あそこ空いてる」
「ナイス」
向かい合って腰を下ろすと、
ふたりとも少し笑ってしまう。
なんてことない、ただのカフェなのに──
この空間が少し特別に感じる。
2人とも、ブラックコーヒーを頼むあたりが、
私たちが大人になってきた、証拠だった。
「ねぇ、李玖ってさ」
カップを持ち上げる手を止めて、
ふと口を開く。
「どうして、法学部にしたの?」
「……ああ、それ?」
李玖は少しだけ驚いた顔をして、
それからコーヒーを見つめたまま、
ぽつりと続けた。
「高校のときから、ずっと考えてたんだ。
――もし、あの夜、間に合ってなかったらって」
茉耶の指先が少しだけ揺れる。
「守れる人になりたいって、思った。
……ただの通報じゃなくて、ちゃんと法律の力で、“もう二度と繰り返させない”って、言える人になりたいって」
「……それって」
「検察官。目指してる。まだ遠いけどな」
茉耶はその言葉を、
ゆっくりと噛みしめるように聞いていた。
そして、小さく笑った。
「……李玖っぽい」
「どこが」
「優しくて、まっすぐで、変なとこで頑固」
「褒めてる?」
「うん。すごく、ね」
ふたりの間に、また少しだけ静けさが流れた。
でもその沈黙は、重くも気まずくもなくて、
ただ、お互いの“これまで”と“これから”が
そっと重なり合うような、
あたたかいものだった。
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