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帰り道。
李玖は「念のため」と言って、
家まで送ってくれた。
電車に揺られる時間も、
駅から家までの道も、
いつもより少し静かだったけれど――
その沈黙が、なんだか心地よかった。
無理に話さなくても、隣にいてくれることが、
今日みたいな日は、それだけで十分だった。
「……今日はほんとにありがとう」
改札を出て、歩き慣れた道に入ったとき、
私はぽつりと呟いた。
「俺が勝手に来たんだし」
「……でも、助かった。
あのとき、声聞いて、すぐ涙出そうになった」
李玖は立ち止まって、少し私の方を見た。
「怖かったよな。あんなアナウンスされたら……」
「うん。あの夜のこと、思い出して。
呼吸も苦しくなって…
…でも李玖が、すぐ電話くれて」
そう言うと、彼は小さく目を細めた。
「よかった。少しでも支えになれたなら」
家の角を曲がると、見慣れたマンションが見えてくる。
その前で足を止めて、
ふと彼の顔を見た。
「……また、甘えちゃうかも」
「何度でも甘えて。今度は俺が、何度でも助ける番だから」
その言葉が、夜風よりもあたたかくて、
目の奥がじんわりと滲んだ。
「……バイバイ、李玖。また、連絡するね」
「うん。おやすみ、茉耶」
見送られる背中が、今日はやけに離れがたくて、
マンションの扉の前で、私は一度だけ振り返った。
彼はまだそこにいて、
優しく手を振ってくれていた。
その姿を胸にしまって、私は静かに扉を開けた。
──次の約束があるわけじゃないけど、
またすぐに、会える気がした。
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