4 side彗心
腕の中で気を失った妹をそっと抱き上げ、マネージャーのもとへ向かった。
「車、出してくれ。……俺のマンションで構わない」
「わかりました」
車に乗り込み、みこをシートに寝かせて、彼女の頭にそっと手を置く。
撫でるたびに、懐かしい感触が蘇ってきた。
意識はないが、規則正しい呼吸が聞こえて安心する。
――あの頃と変わらない。
でも、ずいぶんと綺麗な女性に育った。
一目見ただけで、みこだと分かった。
長年探してきた妹が、こんな形で見つかるなんて。
頬が、自然と緩む。
「……その方が、探していた妹さんですか? 美人ですね。あなたに似ていて」
「……まぁね。俺とみこは、母さん似だから」
目元や輪郭は、若い頃の母にそっくりだった。
父の血を引いたのか、女の子にしてはすらりと背が高い。
昔は淡い茶髪だったけど、今は銀髪に染めているらしい。
吊り目の大きな瞳の下には、うっすらとクマ。――ちゃんと眠れてないんだろうか。
さっきのあの震え。
あれは、ただの貧血や疲労なんかじゃない。
――みこは何かを抱えている。
俺は、今度こそ守ってみせる。
「着きました」
「ありがとう。……急に抜けて悪かったけど、“あとはよろしく”って謝っといてくれると助かる」
「了解です」
みこをもう一度抱えてエレベーターに乗り、自室に入る。
ベッドにそっと寝かせて布団をかけると、静かにシャワーを浴びに行った。
ドサッ――。
服を着替えていたとき、隣の部屋から何かが落ちる音がした。
慌てて戻ると、みこがベッドの上で震えながら座り込んでいた。
「こ、ここは……」
「俺んちだよ」
目が合うと、一瞬驚いたような顔をする。
「どうして……」
「覚えてない? 急に倒れたんだ。家もわからなかったから、連れてきた」
「……そう、だったんだ」
ぽつりと呟き、何かを思い出したように顔を上げたみこは、ベッドから下りて頭を下げた。
「あの、迷惑かけてごめんなさい。ありがとうございました。お邪魔しました」
――えっ、ちょ、待って!
慌ててみこの腕を掴んで、引き止める。
「離して!」
――震えてる。さっきと同じだ。まるで何かを恐れているみたいに。
「どうしたんだ、みこ。そんなに俺が嫌なのか?」
「ち、違う! そうじゃない……っ」
唇を噛みながら、涙をこらえるように顔を背ける。
「……私は、また彗兄を失うのが怖いの! お願い、離して……ひとりにさせて……」
――ああ、そうか。
みこは、また誰かを失うのが怖くて、人と距離を取ってきたんだ。
それは、痛いほどわかる。
俺だって、あの日、両親を失ったときの絶望感は今も忘れていない。
でも――
「……俺は、もういなくならない。大丈夫」
「う、嘘だ。人なんて、簡単にいなくなる! もう大切な人を失いたくない……!」
「みこ。俺は……お前を、ずっと探してたんだ。やっと、見つけた。俺が……お前の前からいなくなるはずがないだろ」
その言葉に、みこがはっとして顔を上げた。
「……探してたって、どういう……」
落ち着いてきた彼女の頭を撫でながら、俺は静かにあの日のことを語り始めた。
あの地震の日、家にいた俺は強い揺れに襲われて慌てて机の下に隠れた。
両親も各自机の下やらに避難していた。
揺れがおさまったので机の下から両親が出たときだった。
ミシミシミシっと音がしたかと思うと家が突然崩れ落ちた。
『父さん!母さん!…大丈…ぶ……っ!』
土煙が治って机の下から出て両親のところへ行くとそこには悲惨な光景が広がっていた。
壊滅した家の瓦礫のしたに埋まった両親。
父さんは頭が潰れて即死、母さんは下半身が完全に挟まっていて瀕死の状態だった。
『いゃ…いや、いやだっ!……父さん!母さん!』
泣きじゃくりながら瓦礫に近づこうとすと頭から血を流している母さんが蚊の鳴くような声で
『に…げなさぃ……逃げなさぃ、彗心……ここはきけん……だから。……まことみこをたのんだょ』
パタリとそこから動かなくなった母さん。
母さんが死んだ。
両親が潰れて死んだ。
ひたすら泣いていた俺を引っ張って外に出してくれたのは隣に住んでいた幼馴染の透(とおる)だった。
透の家族と一緒に避難所へと向かったがいまだに泣いている俺を見て同じく泣いている透がバシッとビンタをしてきた。
『しっかりしろ!彗!…みことまこを守るんじゃないのか?!…おばさんが言ってただろ!』
その言葉に俺はハッとした。
そうだ、俺はまことみこを守らなければならない……兄として。
母さんにも、頼まれたんだ。
それから俺は全ての避難所を訪れ、二人を探したが見つかることはなかった。
でも遺体も見つからなかった。
どこかで絶対二人は生きている。
そう自分に言い聞かせながら諦めずに情報収集に専念した。
すべてを話し終えると、みこは再び涙をこぼした。
震える彼女の背中をそっと撫でて、ベッドに座らせる。
目を擦らないよう、優しく手を握りながら落ち着くのを待った。
「う゛、ぐすっ……ごめん」
「謝んなくていい。よく頑張ったね」
「……あのね、まこはもう……」
「無理に言わなくていいよ」
「……ううん。ちゃんと、話す」
みこは、震える声で少しずつ語り出した。
自責と後悔にまみれた、6年前の出来事を。
涙を堪えながら、それでも――逃げずに。
俺は、黙って聞いていた。
ただただ、目の前の“妹”を守るように。
話し終えた彼女に、そっと問いかける。
「なぁ、みこ……今、誰と暮らしてるんだ?」
「……今は一人暮らし。でも、翠さんって人が、ずっと面倒を見てくれてて」
「そうか。……その人にはちゃんと礼を言わないとな」
そして、俺はずっと決めていたことを伝える。
「みこ」
しっかりと、彼女の目を見て。
「……俺んとこに越してこないか?」
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