第2話 シンデレラは、魔法がお嫌い?
「――俺たち『ECLIPSE《エクリプス》』が、君を、この学園で最高のアイドルにプロデュースしてあげる」
太陽みたいな笑顔で告げられた、あまりにも非現実的な言葉。
私の頭は完全にフリーズしていた。エクリプス? プロデュース? アイドル? 理解できない単語が、ぼやけた視界の中でぐるぐると回っている。
「……あの、えっと、ごめんなさい。わたしに言ってるんで合ってる?」
「君で合ってるよ、七瀬美空ちゃん」
きっぱりと言い切ったのは、王子様――
「メガネを外した君の瞳、すごく綺麗だ。強い意志を感じる。それに、さっき瑠愛ちゃんのことを語っていた時の、あの熱量。人を惹きつけるアイドルの才能、俺にはわかるんだ」
「ふん。磨けば光るどころか、化けるかもしれん。こいつはそういう類の原石だ」
クールな
いやいやいや、待ってほしい。原石とか才能とか、そんなものは私にはない。ただの、瑠愛ちゃんが大好きなだけの、ごく普通の(むしろ冴えない)女の子だ。
「む、無理です! だいたい私、アイドルになりたいわけじゃありませんし! そもそも学校を間違えて……!」
「あー、それ、さっき職員室で聞いたよ」
私の必死の訴えを、朝陽くんはあっさりと遮った。
「『星ノ宮』と『星ノ見』、毎年必ず何人かは間違えて受験しちゃう子がいるんだって。でも、一度入学したら転校は難しいらしい。特に、君みたいに特待生クラスの成績で合格しちゃうとね」
そうだ。
必死に勉強した甲斐があって特待生になれたんだった。両親はとても喜んでくれたけど、今となってはそれが完全に裏目に出ている。
「だから、諦めてここでトップアイドルを目指すしかないってことだ」
「そんな無茶苦茶な……!」
奏くんの言葉に、私は泣きそうになる。すると彼は、ふと何かを思い出したように、屋上のフェンスに近づいた。そして、こともなげにひらりと身を乗り出す。
「ちょ、ちょっと、危ない!」
「別に」
彼はフェンスの外側に設けられたわずかな足場に軽々と降り立つと、壁際を少し探り、ひょいと何かを拾い上げた。それは、さっき私が落としてしまった、瑠愛ちゃんのアクリルスタンドだった。
「あ……!」
私の瑠愛ちゃん! 無事だったんだ!
奏くんは身軽に屋上に戻ってくると、アクスタの汚れを指で拭い、私の目の前に突きつけた。
「これをどうしてほしい?」
「か、返してください!」
「嫌だね」
彼はアクスタを自分の制服のポケットにしまい込んだ。
「なっ……! ひ、人のものを……! 泥棒!」
「泥棒とは心外だな。これは契約の担保だ」
「契約の担保!?」
「そう。俺たちのプロデュースを受けて、学園のトップを目指すっていう契約の」と、朝陽くんがにこやかに会話を引き取る。「どうかな? この話、乗ってみる気になった?」
ひどい。悪魔だ。この人たち、キラキラした皮を被った悪魔に違いない。
だけど、人質……いや、
「……わかり、ました。やります……」
「よし、交渉成立!」
パチン、と朝陽くんが指を鳴らす。その瞬間、私の絶望的なアイドル(にさせられる)生活が、強制的にスタートした。
「それじゃあ、まずは格好からだね! 奏、行くよ!」
「う、腕を引っ張らないでください!」
私は朝陽くんに腕を引かれ、奏くんに後ろから押される形で、学園の奥へと連行された。たどり着いたのは、『トータルビューティ・ラボ』というプレートが掲げられた、ガラス張りの部屋。中には、美容院顔負けの設備と、お洒落な先輩たちがたくさんいた。
「やあ、みんな。急なんだけど、この子をシンデレラに変身させてくれないかな?」
朝陽くんがそう言うと、スタイリスト科やメイクアップ科の先輩たちが「朝陽様と奏様だ!」「お安い御用です!」と黄色い声と共に目を輝かせて集まってくる。二人はこの学園で、本当に特別な存在なんだ……。
私はされるがままに椅子に座らされると、まずはコンタクトレンズを装着させられた。
「うわ……」
目に異物が入る感覚に涙目になりながらも、鏡に映った自分の顔を見て、思わず声が漏れた。
視界が、クリアすぎる。
分厚いレンズ越しに見ていたぼんやりした世界じゃない。自分の顔の、そばかすの一つひとつまではっきりと見える。そして、今まで自分でもよく知らなかった、自分の瞳の色。
「ほら、やっぱり。すごく綺麗な瞳をしてる」
鏡越しに、朝陽くんが優しく微笑む。
次に、私のきっちり結ばれた三つ編みが、するすると解かれていく。
「うわ、この子、髪質めちゃくちゃ良い……!」
「天使の輪ができてる……」
先輩たちが驚きの声を上げる。自分ではただの癖っ毛だと思っていた髪が、プロの手に掛かると、みるみるうちに艶やかなウェーブに変わっていく。重たかった前髪も軽くカットされ、視界がぱっと開けた。
その間、奏くんは少し離れた場所で腕を組んで見ていたかと思うと、不意に口を開いた。
「――前髪は、あと2ミリ切れ。そいつの目の強さを殺すな」
「リップの色はそれじゃない。もっと肌馴染みのいいコーラルピンクにしろ。そいつの本来の血色を引き出せ」
ぶっきらぼうだけど、その指示は驚くほど的確だった。先輩たちも「なるほど……!」「さすが奏様!」と感心しながら、私の顔に魔法をかけていく。
そして、数十分後。
「――はい、完成!」
先輩たちの声と共に、私はゆっくりと目を開けた。
鏡の中にいたのは、知らない女の子だった。
ふわりと揺れる柔らかな髪。長いまつ毛に縁取られた、大きな瞳。ほんのりと色づいた唇。野暮ったい三つ編みと瓶底メガネの『私』はどこにもいなくて、そこにいたのは、まるで少女漫画のヒロインみたいな女の子だった。
「これ……本当に、私……?」
あまりの変貌ぶりに、自分のことなのに実感が湧かない。
周りにいた生徒たちも「え、あの子、さっきの子?」「めちゃくちゃ可愛い……」「素材がレベチすぎる……」と、ひそひそと噂している。
「どう? これが君の本当の姿だよ、美空ちゃん」
朝陽くんが、満足そうに微笑む。
「……まあ、スタートラインには立ったな」
奏くんが、そっぽを向きながら言う。でも、その耳がほんの少しだけ赤いことに、私は気づいてしまった。
自分の新しい姿に戸惑い、心臓がドキドキと鳴りやまない。
アイドルになるなんて、まだ信じられない。
でも、鏡の中の『私』は、憧れの瑠愛ちゃんが載っている雑誌の片隅に、もしかしたら、ほんの少しだけ、写り込めるかもしれない――。そんな、ありえない夢を、一瞬だけ見てしまった。
「さあ、シンデレラ。魔法は解けないうちに、次のステップに進むよ」
朝陽くんが、私の手を取る。その手は、大きくて、少しだけ熱かった。
「レッスン室に行く。お前の本当の実力を、俺たちに見せてみろ」
奏くんの冷たい声が、浮かれかけた私の心を現実に引き戻す。
そうだ、これは夢じゃない。
人質(瑠愛ちゃん)を取り返すための、契約なんだ。
こうして、外見だけがシンデレラになった私の、本当の試練が始まろうとしていた。
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