キミと照らす、一番星へ

風葉

第1話 カン違いの入学式と運命の王子様

「すごい……! ここが、あの瑠愛るあちゃんが卒業したっていう、星ノほしのみ高校……!」


桜の花びらが祝福するように舞い散る四月。私は、真新しい制服の胸元をぎゅっと握りしめ、目の前にそびえ立つ校門を見上げていた。白亜の壁に、きらりと光るゴールドの校章。まるで、お城みたいだ。


私の名前は、美空みく。今日から高校一年生。

分厚い瓶底メガネに、きっちり編み込んだ三つ編み。ファッションもメイクも興味ゼロ。そんな私の唯一にして最大の興味は、今をときめく大人気アイドル・瑠愛ちゃんだけ。彼女の歌声は天使のようで、笑顔は女神のよう。瑠愛ちゃんこそ、私のすべて。


だから、彼女が卒業したこの高校に合格したと知った時は、人生で一番ってくらいに飛び上がって喜んだ。この学校の空気を吸えば、少しは瑠愛ちゃんに近づけるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、私はお城の門をくぐった。


――でも、何かがおかしい。


校舎に一歩足を踏み入れた瞬間から、強烈な違和感に襲われた。


すれ違う生徒たちが、みんな、ありえないくらいキラキラしているのだ。


男子はまるでファッション雑誌から抜け出してきたみたいに髪を整え、完璧な着こなしで談笑している。女子なんて、もっとすごい。ゆるく巻かれた艶やかな髪、完璧なナチュラルメイク。スカート丈は短すぎず上品なのに、放たれるオーラが素人じゃない。


(な、なんだろう……。都会の高校って、みんなこうなの……?)


田舎育ちの私には刺激が強すぎる。居心地の悪さを感じながら、自分のクラスである「1年A組」の教室を探す。廊下の掲示板に張り出されたクラス名簿を見つけた私は、自分の名前の隣にある表記に、首をかしげた。


『1年A組(アイドル科) 七瀬 美空』


(アイドル科……? なんだろう、コースの名前かな。普通科とか、そういう……)


深く考えずに教室のドアを開けた瞬間、私は言葉を失った。


「「「おはようございまーす!」」」


そこにいたのは、男女問わず、寸分の隙もない笑顔と完璧な発声で挨拶をしてくる、未来のスター候補たちだった。自己紹介のために用意された黒板には、『私のチャームポイント♡』とか『将来の夢はドームツアー!』なんて言葉が、可愛いイラスト付きでびっしりと書かれている。


――完全に、場違いだ。


顔からサッと血の気が引くのがわかった。私のチャームポイントなんて、考えたこともない。将来の夢は、とりあえず瑠愛ちゃんのファンクラブイベントに全部参加することだ。ドームツアーは、もちろん客席側で。


慌ててスマホを取り出し、もう一度学校の名前を検索する。


私が受かったのは『星ノほしのみ高等学校』。


そして、今いる場所は……。


『私立 星ノほしのみや学園』


……みや?


……宮?


一文字、違う。


いや、一文字どころの話じゃない。検索結果のトップに出てきたのは、きらびやかな学園の公式サイト。『未来のトップアイドルはここから生まれる!アイドル・俳優・声優・モデル、そして世界レベルのクリエイターを育成する、夢のステージ!』という、眩しすぎるキャッチコピーが目に飛び込んできた。


つまり、ここは。


アイドルになりたい人や、アイドルをプロデュースしたい人が通う、芸能専門の学園…!


「う、そ……」


ガラガラと、足元から世界が崩れていく音がした。どうしてこんなことに。受験した学校名、一文字間違えてたってこと? え!? 今までわたしも周りも気づかなかったってわけ!? そんなことってある!? 


パニックになった頭で、私は一つの結論に達した。


逃げよう。


誰にも気づかれないうちに、このお城から、夢の国から脱出するんだ。私はシンデレラじゃない。ただの、冴えない村娘Aだ。


私はカバンを掴むと、教室を飛び出した。後ろから「え、あの子は……?」なんて声が聞こえた気がしたけど、振り返る余裕はない。とにかく、人のいない場所へ。


夢中で階段を駆け上がり、たどり着いたのは屋上だった。


冷たい風が、火照った頬に心地いい。さっきまでの喧騒が嘘のように静かで、私は大きく息を吸い込んだ。


「どうしよう……。これから、どうすれば……」


もう入学手続きも済んでしまった。両親は、私が憧れの瑠愛ちゃんと同じ高校に通えるって、すごく喜んでくれたのに。今更、学校を間違えましたなんて、言えるわけがない。


絶望に打ちひしがれ、屋上のフェンスにへたり込んでいると、不意に後ろから声が聞こえた。


「――だから言っただろ、朝陽あさひ。あんな退屈な入学式、出るだけ無駄だって。ほとんどみんな中学からの持ち上がりじゃん」


少し低くて、気だるげな声。


「こら、かなで。そういうこと言わないの。新入生の顔と名前を覚えるのも、プロデュース科トップの仕事なんだから」


キラキラと、陽光みたいに明るい声。


振り返ると、そこに立っていたのは、この学園の非日常をギュッと凝縮したような、二人の男子生徒だった。


一人は、色素の薄い柔らかな髪を風になびかせ、王子様みたいな優しい笑顔を浮かべている。寸分の狂いもなく着こなされた制服は、彼のために作られたみたいにフィットしていた。


もう一人は、黒曜石みたいな黒髪に、切れ長の瞳。ヘッドホンを首にかけ、少し不機嫌そうにポケットに手を入れている。クールで、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っていた。


二人は、あまりにも完璧なビジュアルで、私は一瞬、自分が漫画の世界に迷い込んだのかと錯覚した。


「あれ? そこにいるの、新入生? きみ、高校からの外部生でしょ?」


王子様――朝陽と呼ばれた彼が、私に気づいてにこりと笑いかける。その笑顔は、瑠愛ちゃんにだって負けないくらい、破壊力があった。心臓が、ドクンと大きな音を立てる。


「あ、えっと、その……」


何か言わなきゃ。でも、言葉が出てこない。こんなキラキラした人たちと、どうやって話せばいいのか分からない。


私が固まっていると、クールな彼――奏と呼ばれた方が、訝しげに眉をひそめた。


「なんだ、あいつ。アイドル科の生徒か? にしては、ずいぶん……地味だな」


その言葉は、ぐさりと私の胸に突き刺さった。


わかってる。わかってますよ、地味だってことは! でも、あんまりじゃないか。


カッとなった私は、自分でも信じられないような行動に出た。


立ち上がって、二人の前にずかずかと歩み寄ると、私は胸を張って言い返した。


「じ、地味で悪かったですね! でも、私には……私には、瑠愛ちゃんがいるからいいんです! 瑠愛ちゃんは、私の太陽で、希望で、生きる意味なんです! 瑠愛ちゃんの素晴らしさが分からないなんて、あなたたち、人生損してますよ!」


持っていたカバンから、大切にしている瑠愛ちゃんのアクリルスタンドを取り出して、びしっと彼らに突きつける。限定生産の、キラキラホログラム仕様だ。


一瞬の沈黙。


やがて、くすくすと笑い声が漏れた。王子様の、朝陽くんだ。


「ははっ、ごめんごめん。奏の言い方が悪かったね。でも、すごい熱意だ。そんなにその子のことが好きなんだ」


「……ふん。声だけは、やけに通るじゃないか」


奏くんが、つまらなそうに、でもどこか興味深げに私を見る。


その時だった。


屋上に、強い風が吹き抜けた。


「あっ!」


私の手から、大切な瑠愛ちゃんのアクスタが滑り落ちる。それは放物線を描いて、屋上の端、フェンスの向こう側へと飛んでいってしまった。


「うそ……! 瑠愛ちゃ……!」


咄嗟に駆け寄り、フェンスを乗り越えようとした私の腕を、誰かが強く掴んだ。


「危ない!」


朝陽くんだった。彼は真剣な顔で、私をぐっと引き戻す。その拍子に、私の分厚いメガネがずり落ちて、カシャンと音を立てて地面に転がった。


視界が一気にぼやける。


でも、不思議だった。ピントの合わない世界の中で、私を見つめる二人の表情だけは、なぜか、はっきりと見えた気がした。


キラキラの王子様、朝陽くんが、目を見開いて息を呑むのがわかった。


クールなはずの奏くんが、初めて何か面白いものを見つけたみたいに、その切れ長の瞳を細めたのがわかった。


そして、二人は顔を見合わせると、同時に、にやりと笑った。


「ねぇ、奏。面白い原石、見つけちゃったかも」


「……あぁ。磨けば光るどころか、世界をひっくり返すかもな」


ぼやけた視界の中、朝陽くんが私の前に屈み込み、優しい声で言った。


「君、名前は?」


「な、七瀬……美空、です」


「美空ちゃん、か。いい名前だね」


彼は、太陽みたいな笑顔で、とんでもないことを宣言した。


「決めた。俺たち『ECLIPSE《エクリプス》』が、君を――この学園で最高のアイドルにプロデュースしてあげる」


「は……?」


え、エクリプス? ぷろでゅーす?


一体、何の話……?


私の、ありえないほど波乱万丈な高校生活は、こうして、二人の完璧な王子様(?)との最悪で、最高の出会いから幕を開けたのだった。

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