2-1 ●

翌日、午前9時過ぎ。


若い刑事が取り調べ室に入ってきて、ベテラン刑事に封筒を手渡す。

ベテラン刑事は老眼鏡をかけ、淡々と書類を読み上げた。


『えーと……死因は、ナイフによる出血性ショック。

刺されたのは心臓付近で、即死に近い。

死亡推定時刻は──“19時前後”』


彼はそこで一拍置き、書類から顔を上げた。


『……で、田所さん。あんた、“19時20分に見つけた”って言ってたよな?

──これ、どう説明すんの? ん?』


低い声が、じわりと胸を圧迫する。


心臓がドクンと鳴った。


19時30分。

──その時間、私はまだ外にいた。

コンビニの袋をぶら下げて、のんきに弁当を持って歩いていた。


どう取り繕っても、辻褄は合わない。


前日口にした“犯行の自白”が、今さらながら現実味を帯びて重くのしかかってくる。

もう、言い訳も、演技も、意味をなさなかった。


若い刑事が、無言のままノートパソコンを開く。


『……それと、もうひとつだけ確認させてください』


画面に映ったのは──「19時12分」。


レジで笑顔を見せながら会計をする自分の姿。

何でもない日常の一コマ。なのに、その笑顔が妙に異様に感じた。


……あれが、私の“素”だったのかもしれない。


『この時間、あなたがレジにいた映像。しっかり残ってます』


若い刑事が、淡々とした口調で言い添える。


『“19時20分に死体を見つけた”って証言、完全に成立しませんね』


完全に詰んでいた。

「空」に続いて、「街」もまた──私を見ていたのだ。


逃げ道は、どこにもなかった。


私は、ぽつりと呟いた。


「……彼のこと、嫌いじゃなかった。

でも、仕事の責任を押しつけられる日々と、彼の言葉と行動が伴わない事に、もう耐えられなかったんです。

プロジェクトリーダーとしての重圧と──うつ病の彼を支えなきゃいけない日常。

……どちらにも応えられなくて、限界でした。

衝動的に……やってしまいました……私、もう積木のように崩れていたんです…彼の命の積木も壊してしまった…」


その声は乾いていて、冷たく、取り調べ室に吸い込まれていった。


ベテラン刑事が、静かに息をついてから言った。


『……どんなに辛くても、人を殺しちゃいけない。

だけど──君がここから立ち直って、生きていくこと。

それが、一番の償いになるんだよ』


その声は、不思議なほどあたたかかった。

責めるよりも、寄り添うような声音。


その一言に、胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。


『人は、誰でも間違いを犯す。

壊れた積木だって、また積み直すことはできるんだ。

そこから学んで、変わっていける。

君なら、きっとできるよ』

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