第2章 ●

***


俺は2人の刑事の会話に耳を傾ける。


若い刑事がぼそりと漏らす。

『……そういえば、あの日、急に雨が降ったんですよね。』


ベテラン刑事がうなずく。

『夕方、局地的な雷雨だったな。最近の天気予報は本当当てにならんな…』


若い刑事が、ふと何かを思い出したように顔を上げた。

『……てことは、“気象庁の天気カメラ”に写ってる可能性、ありませんか?』


ベテラン刑事が目を細める。

『お前、たまに鋭いな、所轄で協力依頼して。』


——そして、該当時間の映像を入手。田所ミキが映っていた。


俺は幽霊になってもミキから目を離せなかった。


***



署に着くと、私は取り調べ室に通され、少し待たされる。


15分くらい経っただろうか。

年配の落ち着いた刑事と、若いが鋭い目をした刑事が入ってくる。

ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


若い刑事がテーブル越しに身を乗り出し、開口一番こう言った。


『ねぇ、田所さん。“19時20分に彼を見つけた”って言ってましたよね?』


「……ええ」


『でもさ、あなたが帰宅したのって、“19時30分をちょっと過ぎた頃”じゃなかった?』


「……あっ、それは……言い間違いです。あの時は、混乱してて」


若い刑事は眉を上げ、ノートパソコンを開いた。


『ふぅん……混乱ねぇ。じゃあ、この映像、見てもらえる?』


再生されたのは、雷雲の下、一度立ち止まり傘を差し、再び歩く自分の姿。

画面の端には「19:30」のタイムスタンプがはっきりと刻まれていた。


『この日、急に天気が崩れたんです。局地的な雷雨。予報も外れてた。

でも、そのおかげで──“気象庁の天気カメラ”が君を捉えてた。』


刑事がさらに指差す。


『ほら、袋、見える? コンビニのロゴ。』


「……っ」


『あなた、“家に直帰した”って言ってましたよね? “何も買ってない”とも。

でも、この映像には“買い物帰りのあなた”が、19時30分に記録されてる。』


喉が詰まり、返す言葉が出てこなかった。


演じた“絶望”の仮面が、雨粒に打たれた紙のように、音もなく剥がれていく。


カメラの視線が、まるで自分の仮面を剥がす手のように思えた。


ベテラン刑事が口を開く。


『あんた、“演劇部”だったんだってな?

……でもな、舞台はここじゃないんだよ。現実なんだよ、田所さん』


完全に、見抜かれていた。


“空”から見られてたなんて思いもしなかった。

監視カメラに死角があっても、空にはなかった。


しかもよりによって私をズームしながらゆっくりと引いていく……


まるで『見てたぞ…』と告げるように。


若い刑事が、さらに畳みかける。


『いい? あなた、“19時20分に見つけた”って言った。

でも、被害者の死亡推定時刻は“19時ちょうどくらい”。

……おかしいと思わない?』


その瞬間、冷や汗が背中をつたった。


一切、辻褄が合わない。

どう取り繕っても、逃げ場がない。


私は、静かに認めた。


「……私がやりました」


その声は、まるで氷の破片のように空気を切り裂いていった。

“演技”を脱いだ私は、こんなにも冷たいんだ……。




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