涙の時代

@AstrofungusStudio

第0巻 埃の中の火花

第1章 – 灰と沈黙


風が灰を巻き上げた。

死体のような都市を、ゆっくりと、静かに覆い尽くしていく。


空から見下ろせば、崩れた塔の残骸、折れたビルの影。

都市は壊れていた。完全に。

ケーブルが建物から垂れ下がり、腐食した鋼鉄の骨組みが空へ向かって突き出ていた。

遠くには光がない。すべてが、色褪せた終わりだった。


その中心を、一人の少年が歩いていた。


ノア(ノア)。


彼の足取りは軽い。

重くはない。だが、静かすぎる。

靴の裏に積もった灰が、彼の存在すらも消そうとしていた。


無人機(ドローン)の残骸が道に散乱していた。

カメラの目は黒く、今は何も映していない。

かつてこの都市を監視していたであろうその機械たちは、今やただの屍。


壊れたスピーカーが揺れている。

そこに刻まれた印が、彼の目に留まった。


「⚖ 白き審判者(しろきしんぱんしゃ)

彼の支配の証。


ノアは足を止めた。


壁に触れる。ひび割れたコンクリートは冷たく、指先にざらつきだけが残る。

その瞬間、記憶が、閃光のように過る。


──小さな手。

──笑う声。

──ぼやけた顔。


息が詰まった。

ノアは目を伏せ、立ち尽くした。


その横で、赤く弱々しいランプが点滅していた。

「…機能停止中」

表示はかすれていたが、彼には分かっていた。

これは、かつての防衛システムの名残だった。


ノアは口を閉ざしたまま、建物の隙間へと滑り込む。


薄暗い廊下。

階段を下りるたび、空気が変わっていく。

重く、湿り気を帯びた空気が彼を包んだ。


奥に、赤い光が揺れている。


彼はため息をつき、拳を固く握った。

その先にあるものを、彼はまだ知らない。

だが、なぜか引かれる。

まるで、遠い昔に呼ばれた記憶のように──


彼は、その光の方へと足を踏み出した。




第2章:目覚めの檻


静寂(せいじゃく)の中、彼は歩き続けていた。

粉塵(ふんじん)の降り積もる回廊(かいろう)を、まるで夢遊病者(むゆうびょうしゃ)のように。


壁に手を添え、ノアはふと立ち止まる。

冷たいコンクリートのひび割れ。その感触(かんしょく)は、遠い記憶を呼び覚ました。


小さな手。

泣き顔。

名前も思い出せない誰かのぬくもり。


「……ッ」


警告灯(けいこくとう)が微かに赤く光っている。

しかし、音は鳴らない。

ここでは、沈黙(ちんもく)がすべてを支配している。


ノアは躊躇(ためら)いながらも、錆びたドアの隙間から身を滑り込ませた。

その先にあったのは――


広大な、地下聖堂(ちかせいどう)。


瓦礫(がれき)に覆われた床。

中心に据えられた、異様に赤く輝く培養槽(ばいようそう)。


そして、そこに浮かぶ少女。


彼女は、まるで眠るように静かだった。

幾本(いくほん)ものコードが身体に繋がれ、生命の代替(だいたい)を機械が請け負っている。


「……」


ノアの心臓が鳴った。


ドクン。


もう一度。


ドクン。


彼はそのガラスに手を伸ばす。

触れた瞬間、機械が起動を始めた。


「ヴッ……!」


音と共に、光が走る。


警報。

機械の駆動音。

そして、機械音声(きかいおんせい)が響いた。


「異常検出(いじょうけんしゅつ)。感情ユニット再起動。粛清プロトコル、作動開始。」


赤いライトが点滅し、天井から複数のロボットアームが現れる。

だが、それより早く――


少女のまぶたが震えた。

そして、ゆっくりと目を開ける。


その瞳は――赤。


血のように深く、激しく、感情を宿していた。


「っ……!」


ノアは少女を受け止めながら、後退する。


アームが襲いかかる。

警報が響き渡る。


「走れ……!」


彼は少女を抱え、崩れた回廊を駆け抜けた。








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