未来泥棒~僕と君の未来のために~

@ayumix

第一章:時を越えて、ギターが鳴る

カタカタカタ……

プログラミングコンテストに向けて、僕――中川大哉(なかがわ・だいや)は、愛用のノートパソコンに向かってコードを打ち込んでいた。深夜0時を回り、疲労と集中力の境界線が曖昧になる中、ふと画面が一瞬だけ暗転した。


「……ん?」


次の瞬間、信じられないことが起こった。勝手にコードが入力されていく。僕の手はキーボードから離れているのに――!


画面が異様に明るくなった。目を覆う間もなく、白い光が部屋を包み込む。

気がつくと、僕は知らない場所にいた。


薄暗くて、煙草のにおいが染みついた空間。木製の鏡台、壁に掛けられたカレンダー、そして――入り口のドアに貼られた紙にはこう書かれていた。


「バック様 控室」


……バック?

これは、僕が中学の頃、趣味で組んでいたバンドの名前だ。ギターのルビー、ベースのパール、キーボードのサファイヤ。僕は「ダイヤ」と名乗っていた。全員、宝石の名前で統一した。

でも、これはただの偶然なのか?


目を凝らしてあたりを見渡す。壁には数枚のポスター。文字がやたらと古臭い。「バンドやろうぜ!TBSテレビ・三宅裕司のいかすバンド天国」――?


「……イカ天?」


それって1989年の深夜番組だったはず。僕は震える手で壁のカレンダーを確かめる。そこには、はっきりと「1989年3月」と書かれていた。


――消費税導入前の日本だ。


頭が真っ白になった。

でも、パニックを起こすわけにはいかない。冷静になろう。いつだって、冷静さが僕を助けてくれた。


「ダイヤ!本番5分前!」


そう呼ばれて振り向くと、ルビー、パール、サファイヤの3人がいた。見覚えのない顔。でも、確かに「僕のバンド」のメンバーだ。手にはギターと譜面が渡された。


僕はもう何も言わず、それを受け取った。――やるしかない。


ライブハウスの小さなステージに立ち、ギターを構える。照明が目にしみる。客席の顔はよく見えない。でも、ギターを弾く感覚は、今も体が覚えている。


僕は、松本孝弘ばりの速弾きでステージを駆け抜けた。音が、会場を震わせる。コードの鳴り、観客の歓声、汗の飛沫――どれも生々しくて、たまらなく心地いい。


ライブは、成功だった。


楽屋に戻ると、メンバーたちが驚きの表情で僕を迎えた。


「ダイヤ、どうしたんだよ!?昨日までと別人じゃん!」

「マジで天才じゃねーか!」

「どこでそんな練習してたんだよ……」


「企業秘密、ってことで。」

僕は曖昧に笑ってごまかすしかなかった。


そのとき、楽屋のドアがノックされた。現れたのは、革ジャン姿の少年。バンド「すにーかーず」のボーカル、矢上雷(やがみ・らい)だった。

派手な見た目と勢いのある言動に反して、音楽への情熱と観察眼に優れた男。中川のギター演奏に惚れ込み、話しかけてくる。


やがて二人は音楽や将来の夢を語り合い、奇妙な友情が芽生え始める。



雷が不思議そうに言う。


「お前……何者なんだよ、本当に。今の時代にはいない音してたぜ?」


中川は笑って答える。


「さあ、なんだろうね。未来の音、ってことにしておいてくれよ。」

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