第48話 銀薔薇の団結
演習場での夜が明けてから、数日が過ぎた。
あの日、兄アラリックは自らが犯した罪の全てを公にし、騎士団長はおろかローゼンベルク家から離れ、裁きを受ける覚悟だと語った。けれど、私はそれを強く首を横に振って止めた。これは法律や体面の問題ではない。私たちの家族の問題なのだから、と。
私のその言葉を受け、兄は自らの手で、二人の弟に緊急の帰還命令を出した。
そして、今日。
ローゼンベルク公爵邸の一番大きな応接室に、私たちは集まっていた。
部屋の中央、大きなテーブルを挟んで、私と三人の兄たち。部屋の隅には、レノーアとヴェロニカが固唾をのんで私たちを見守っている。
重々しい沈黙の中で、暖炉の炎が虚しく爆ぜていた。
それぞれの任地から、全ての予定を投げうって駆け付けたユリアンお兄様とフェリクスお兄様は、この異様な会合の意味を測りかねて、困惑した表情を浮かべている。
その弟たちの視線を一身に受けながら、長兄アラリックは、静かにその重い口を開いた。
「……今日は、お前たちに謝罪し、俺が十年前に犯した大罪の全てを告白するために、集まってもらった」
あまりにも唐突な言葉に、フェリクスお兄様が目を見開く。
アラリックお兄様は構うことなく、あの日、演習場で私に語ったのと同じように、全ての真相を語り始めた。
私の内に宿る、あまりにも強大で、危険な『崩壊』の力。それを封じるため独断で決行した、古代の儀式。未熟さゆえに、儀式が最悪の形で失敗したこと。
結果、私の魂に、癒えることのない「傷」を刻んでしまったこと。
そして、その力の余波が、近くにいた罪なき少女、エレアの、十年という時間を奪ってしまったこと。
彼の一言一句が、部屋の空気を氷のように冷たく凍らせていく。
全ての告白が終わった時、最初に動いたのは、三兄のフェリクスお兄様だった。
「……兄さん」
彼は、わなわなと震える拳を、テーブルに、強く叩きつけた。ガシャン、と、ティーカップが、悲鳴のような音を立てる。
「なんて、ことを……! なぜ、今まで、黙っていたんだ! リゼロッテが、どれほど苦しんでいたと思っている!? あなたは、その全てを知りながら彼女を、十年もの間……!」
その声は怒りと、裏切られた悲しみに満ちていた。
「それだけじゃないぞ! レノーアさんを、妹君を救うという約束で縛りつけ、自分の妹を殺させるための『安全装置』として、利用までしていたと? 正気か!? あなたの正義は、誇りは、どこへ消えたんだ!」
「……返す言葉もない」
アラリックお兄様は、弟からの当然の詰問を、甘んじて受けた。言い訳一つ、しようとはしない。
その、あまりにも対照的な二人の間で、今まで腕を組んで黙っていた、次兄のユリアンお兄様が、静かに口を挟んだ。
「……なるほどね。そういうことだったのか」
彼の声は、不思議なほど、冷静だった。
「どうりで、リゼロッテと兄さんの魔力波長が酷似しているわけだ。古代の封印儀式とやらが、術者と対象の魂を、強制的に汚染・同調させる、という仮説は、正しかったというわけか。ふむ。これは、魔術史に残る、極めて稀有な事例だね。……だけど」
彼は、そこで初めて、その科学者の仮面を外し、アラリックお兄様を、まっすぐに見据えた。
「兄さん。あなたは致命的な過ちを犯した。僕に相談しなかったことだよ。僕の知識があれば、こんな原始的で、危険な儀式に頼らずとも、もっと安全な方法を見つけられたかもしれない。……すまなかったな、リゼロッテ。そういうことなら僕も同罪なんだ。兄さんに観測器を求められたときに、もっと深く理由を聞いておくべきだったんだ。僕たちは、どうもコミュニケーションをとりあうのが苦手なようだね」
フェリクスお兄様の、感情的な怒り。
ユリアンお兄様の、科学的な後悔。
二人の弟からの、それぞれの言葉を、アラリックお兄様は、ただ、目を伏せて、聞いていた。
私は、たまらなくなって立ち上がった。
「やめて、二人とも。……お兄様は、ずっと一人で苦しんでいたのよ」
彼のやり方は間違っていた。独りよがりで、あまりにも残酷だった。
でも、その根底にあったのが、妹を守りたいという、不器用な愛情だったことも、私は知っている。
私の言葉に、フェリクスお兄様は、はっとしたように顔を上げた。彼の瞳から、怒りの炎が、すっと消えていく。代わりに、深い悲しみの色が広がっていた。
「……ああ。そうか。そう、だな。一番苦しかったのは、兄さん、あなただったのかもしれないな。……気づけなくて、すまなかった」
家族の心が、揺れている。
十年分の厚い氷が、ゆっくりと溶け出していく。
私は改めて、自らの『再生』の力と、それを使ってエレアさんを今度こそ救いたいという強い意志を伝えた。
「……分かった。リゼロッテ」と、アラリックお兄様が力強く頷いた。「儀式の間、俺がお前の護衛と、儀式場を守る結界の維持を担当する。どんな邪魔もさせん」
「ふむ。その力を安定かつ安全に引き出すには、特殊な増幅魔術と補助回路が必要になるな。僕の最高の頭脳を、この儀式に捧げよう。術式は、この僕に任せたまえよ」
「私は……そうだな。何か、特別な触媒や、失われた古代の文献が必要になるかもしれない。もし、そういうものがあるなら、私に言ってくれ。私の持つ全ての人脈を使って、必ず、手に入れてみせるよ」
アラリックお兄様が、その強大な魔力で守りを。
ユリアンお兄様が、その天才的な頭脳で術式を。
フェリクスお兄様が、その広い人脈で準備を。
そしてもちろん、ヴェロニカも儀式への全面的な協力を、固く約束してくれた。
バラバラだった、私たちの心。
十年の時を経て「エレアを救う」という、ただ一つの尊い目的の下に、いま団結した。
私は、かけがえのない家族と仲間たちの顔を、ひとりひとり見渡す。
そして希望に満ちた声で、宣言した。
「さあ、始めましょう。私たちの悲劇に決着を!」
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