第32話 宮廷のマッドサイエンティスト
私たちは特別な外出許可を得て、王都の一角にある「宮廷魔術師団研究棟」へと向かっていた。
普段なら入れないような場所だけど「フェリクス様から話は聞いている」とのことで、あっさりと入場を許可してもらえた。
にぎやかな学園とは違う、静かで厳格な雰囲気。すれ違う魔術師や文官たちは皆、一様に真剣な顔つきで自分の仕事に従事している。
そんな国家の中枢で。
一つだけ明らかに異彩を放っている扉の前で、私たちは足を止めた。
扉には、フクロウの形をした真鍮製のドアノッカー。
おかしなことに、ドアノブのようなものは無い。
私がそれに触れようとした瞬間、フクロウが、パチリと機械仕掛けの目を開いた。
『やあ、客人よ! 我が主人に会いたくば、この謎を解くがよい! 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これ、なーんだ?』
「わあ……いきなり謎かけですか。ユリアン様は噂通りのお方のようですね」
「でも、この問題って有名よ。生まれた時は赤ちゃん歩きで四本足。大人になれば、健康的に二本足。お婆ちゃんになったら、杖をついて三本足! つまり、答えは人間よ!」
『ブー! 残念! 答えは「今朝作った試作機の犬型ゴーレム、昼間作った二号機の人型ゴーレム、そしてさっき作った三本足の鳥型ゴーレム」でしたー! またのお越しを!』
ガチャン、と音を立てて、フクロウは目を閉じてしまった。
「はあ!? こんなの、ただの意地悪じゃないの! というか三本足の鳥ってわけわかんない! あの人は暇なのかしら!」
「……なるほど。単に、誰も入れる気がないわけですね」
私とヴェロニカが呆れていると、今まで黙っていたレノーアが、すっと前に出た。そして、フクロウを軽く三度、叩く。
『やあ、懲りないね。それじゃあ、次のクイズを……』
「ユリアン様。リゼロッテお嬢様がお見えです。開けてください」
レノーアが有無を言わさぬ、冷ややかな声でそう告げた、次の瞬間。
扉がひとりでに震えたあと、勢いよく内側へと開いた。どうやら、これが正解だったらしい。
扉の向こうは、混沌そのものだった。
鼻を突く薬品の匂いと、何かがショートするような金属音。床から天井まで、正体不明の液体が入ったフラスコ、半分だけ動いているゴーレムの腕、宙に浮かぶ術式、山と積まれた古文書が視界を埋め尽くす。アリスター先生の研究室より、一色も二色も多い、更なる混沌。
その部屋の奥で、防護眼鏡をかけた白衣の男――次兄ユリアンが、火花を散らす怪しげな機械に、何やら没頭していた。
「ユリアンお兄様!」
「ん……おお、リゼロッテじゃないか! それに、噂の友人たちも! いいところに来た、実にいいところに来たよ!」
兄は、悪びれもせず、満面の笑みで私たちを迎えた。
「ちょうど僕の新しい発明品『強制共感ヘルメット』の被験者を探していたんだ! さあ、リゼロッテ、君に決めた! これを被って、そこのカエルを撫でてみてくれ! カエルの気持ちが、君の脳にダイレクトに流れ込んでくるはずだ!」
「結構です!」
「そうかい? ああそうだ、グミは好きかい? あげるよ! このグミを食べるとね、なんとカエルの──」
話したいことがたくさんあるのに、この兄は次から次へと自分の発明品の話に脱線し、まともな会話にならない。ヴェロニカが専門用語で応戦するも、兄のマッドサイエンティストぶりは、彼女の理路整然とした頭脳の、遥か斜め上を行っていた。
痺れを切らした私が、感情的に訴えかける。
「アラリックお兄様との関係で、どうしても知りたいことがあるの! お願い、お兄様! 『魂の共鳴』について教えてください!」
その私の必死の言葉に。
ユリアンお兄様の目の色が、一瞬だけ、悪戯好きな少年のものから、真剣な研究者のものへと変わった。
「……ああ、アラリック兄さんのことか。なるほどね。……それなら、話は別だ」
彼はそう呟くと、山と積まれた資料の中から、一冊の古いファイルを取り出した。
「『魂の共鳴』だったね。面白いテーマだよ。特に、ローゼンベルク家の血は、魔術的に、非常に興味深い特性を持っていてね」
彼は埃を払いながら、一枚の図を私たちに見せた。
「簡単に言うと、僕ら兄妹の中でも、君とアラリック兄さんの魔力の『波長』は、極めて近いんだ。他の誰よりもね。ほとんど同一と言ってもいいくらいに、よく似ている」
「私と、アラリックお兄様の……?」
「そう。だから、もし『魂の共鳴』が起きるとしたら、その二人の間で、最も強く、そして、最も危険な形で、顕現するだろうね。……おっと、時間だ!」
突如、研究室の隅でけたたましいアラームが鳴り響く。フラスコの一つが紫色に輝き、ぶくぶくと泡を立て始めていた。
「いかん! 『超成長促進薬』の臨界点だ! 悪いが、今日はここまでだ! さあさあ! おっと、これもお土産に持っていくといい!」
そう言うと、兄は私たちを研究室から半ば強引に追い出し、私の手に一枚のクッキーを握らせた。
「そのクッキーを食べると、三分間だけ動物と話せるようになるから! 言っておくが美味しくはないぞ! じゃあな!」
バタン、と。扉は無情にも閉ざされた。
後に残されたのは、私たち三人。そして私の手の中にある、一枚の怪しげなクッキー。
「私とアラリックお兄様の、魔力の波長が、近い……」
あまりにも漠然としている。
しかし、疑いようのない真実への手掛かりという、確信めいたものも感じていた。
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