第2話 完璧な従者は、主の奇行に戸惑う

 主、リゼロッテ・フォン・ローゼンベルクが発した「最高のコンディションだから」という不可思議な言葉。それが、昨夜からレノーアの頭の中に残り続けていた。


 (聞いていた話と違う。膨大な魔力はどこへ? あれは重度の魔力酔いの症状だ。演技とは思えない)


 レノーアは、完璧な従者の仮面の下で、主への不可解さを募らせていた。この謎を解明しなければ、極秘に与えられた任務を全うすることなどできない。


 夜が明けきらない、薄紫色の空。

 レノーアは、主のための朝の紅茶に添える、特別なハーブを摘むために中庭へと向かっていた。朝露に濡れたばかりの若葉は、香りが格別なのだ。こういった行動は任務達成のための、リゼロッテの信頼を勝ち取るねらいがある。しかし何より、完璧な一日を主に捧げるための、彼女の『完璧な仕事』の一つだった。


 静寂に包まれた庭園を抜け、古い修練場の脇を通りかかった、その時。

 不意に、かすかな物音が彼女の耳を捉えた。


「……っ、ふっ……!」


 誰かの、苦しげな息遣い。そして、何か重い物を地面に置くような、鈍い音。


(侵入者? いや、この気配は……)


 レノーアは、摘んでいたハーブの籠をそっと地面に置くと、音もなく茂みの影に身を潜めた。そして、その光景を目の当たりにする。


「ぐぬぬ……なにくそーっ!!」


 リゼロッテだった。

 ぜえ、ぜえ、と荒い息を吐きながら、小さな体で、苔むした大きな石を持ち上げようと奮闘していた。銀色の髪は汗で肌に張り付き、目をぎゅっと閉じて、歯を食いしばり、獣じみた唸り声をあげている。


(お嬢様……? これは、どう見ても魔法の訓練ではない。ただの、肉体鍛錬……?)


 レノーアの思考が、混乱で停止する。


(公爵令嬢が、なぜ? 魔力がないから? その劣等感を、こんな原始的な方法で埋めようと……?)


 あまりに痛々しく、そして、あまりに奇妙な光景だった。


(……何にせよ、あのフォームでは、いずれ腰を痛めてしまう)


 完璧主義者のレノーアは、その「非効率さ」に、思わず眉をひそめた。主が真剣に取り組んでいることを、無駄なものにはさせたくない。

 そう判断した彼女は、隠れるのをやめ、静かに、しかし堂々とその場に姿を現した。


「――おはようございます、お嬢様。朝のお勤め、ご熱心でいらっしゃいますね」


「ほわあ!?」


 ちょうど息を大きく吸い込んでいたのか、他に誰も聞いたことのないようなリゼロッテの素っ頓狂な声が、朝の澄んだ空気に響いた。

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