畑とスープと時々スキル 〜便利スキルを使いながら村でのんびり生きたい〜
彦彦炎
運送業も大変なんだから、転生のためにトラック事故を起こさないであげて
ざくっ──ざくっ。
耳に心地よい音が、湿った土の感触とともに指先に伝わってくる。
リオは、何もない畑の真ん中で、無心に地面を掘っていた。
スコップなんて気の利いたものはない。木の棒の先を削って、自作したもので代用している。妙に手に馴染んでいて、掘れば掘るほど、形が自然と整っていく。
「……はぁ。今日も一日、平和だな」
地平線の彼方に、ゆっくりと太陽が昇っていく。草木は露をまとい、空は清らかな青を映していた。
どこか知らない森に囲まれたこの土地で、リオは五日ほど前に目覚めた。
──名前は思い出せる。けれど、なぜここにいるのかも、どうやって来たのかもわからない。
最初に目を開けた時は、全裸で森の中にいた。おまけに腹も減って、喉も渇いていた。動物の鳴き声が四方八方から聞こえ、どこかのファンタジーゲームに放り込まれたような気分だった。
(……まあ、どうせ夢か幻覚だろう)
そう思っていたのに、五日たった今も、現実感は消えない。寝て起きれば朝が来て、腹は減るし、寒い夜もある。あれ以来、森を抜け、広い草原を歩き、この森の外れの土地を見つけたのだ。
「とりあえず、畑でも作っておくか」
そうして、リオの異世界スローライフ(仮)は始まった。
⸻
「ん、これは……なんだ?」
地面を掘っていた棒が、何か硬いものにぶつかった。石かと思って掘り返してみると、そこにあったのは、銀色に光る金属の塊だった。
「鉄……? いや、これは──なんだ、これ?」
なぜか、その塊が何でできているのかが、頭の中に「浮かんできた」。
《素材:ミスリル鉱石(上質)》
頭の中に声が響いた──いや、違う。ただの「理解」だ。言葉ではなく、概念が流れ込んでくる。知らないはずなのに、“知っている”ような確信がある。
「……まさか、スキル?」
ここ数日でわかってきたことがある。
・怪我をしてもすぐに治る。
・空腹があっても、木の実数個で丸一日動ける。
・地形の把握能力が異常に高い。
・そして今──物の情報を視る能力がある。
(こんなスキル、ゲームでも聞いたことねぇぞ……)
冗談のようだが、自分が「ただの人間ではない」ことだけは、はっきりしてきた。
でも、それでも──
「……戦いたくは、ないんだけどな」
独り言のようにそう呟いて、リオはまた地面を掘り始めた。
何かの役に立つわけでもない。ただ、静かな日々を求めて、今日も畑を耕す。
だが、その静寂は、そう長くは続かなかった。
その日の夕暮れ、森の向こうから人の足音が聞こえてきたのだ。
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