第五話:人間と天使、魔物と戦い方

 ギルドで弁当を受け取った俺、トーネ、オレガル、ミトの四人は、タンナルの街を出て平原を歩いていた。


「今日も絶好の魔物狩り日和……」


「俺たちが住んでいた村も含まれるが、タンナルの街周辺には大きな平野が広がっている。そのおかげで気候が安定しているんだ」


「平野だと安定するの?なぜ?」


「地形の影響を受けづらいからだ。近くに海や湖があれば水蒸気が上に登って雲ができやすいし、山や盆地では斜面にぶつかった雲が積乱雲に発達しやすい。あと熱がこもりやすい。風が吹きづらいからな」


「水蒸気?積乱雲?分からない」


「図書館で勉強するか。知識はあった方がいい」


 俺は気象の話でトーネと盛り上がる。


 こうした少し専門的な話題は、大人であっても詳しい人はそんなにいない。学問の研究が盛んな街や王都ならぎりぎり常識の範疇かもしれないが、知らなくても生活に影響がない内容は知らなくても許される。


 だからこれらの話題においては、トーネが無知であっても怪しまれることはない。現に、ついてきているオレガルとミトもなにも言ってこない。二人も知らないだけかもしれないが。


「博識だなあ、シンは。俺なんて戦うのに必要ないことは忘れたわ」


「あんたねえ、忘れたの?本貸してあげたじゃない」


「もちろん、ちゃんと読んださ。ただ、記憶が抜けるのは仕方がないことで……」


「はあ。また貸してあげるから、今度はちゃんと覚えなさい。そんなんじゃトーネちゃんに追い越されるわよ?もう既に怪しいけど」


「おい、一言多いぞ!俺はバカじゃない!」


「バカは自分のことをバカって気づかないのよ」


「なにを!バカっていうやつがバカなんだぞ!よってお前もバカ!」


「その発言がもうバカ丸出し」


「はあ!?」


「二人とも、その辺にしてくれるか?」


 また口喧嘩を始めたので、俺は首だけ振り向いて二人に言った。


「トーネにあまり聞かせたくない」


「はい、すいません……」「……私も悪かったわ」


「シン、私は問題ない。ほほえましかった」


「それは否定しないが、なんの生産性もなかっただろう。あと、罵り合いは気持ちのいいものじゃない」


「う、すまん」「意外と刺してくるわね……」


 俺が合えて棘を含ませて言うと、二人はさらに肩を落とした。


「シン」


「なんだ?」


「生産性がなくても、会話はしていい」


「ま、まあ、それはそうだが……」


「シンは私と、他愛のない話はしたくない?私は、トーマとしたい」


 そう言いながら、純粋な目を向けてくるトーネ。


 俺は言葉に詰まった。


「……俺は、トーネと話したい。どうでもいいことでも共有したいし、一緒の感情に包まれたい」


「でしょう?」


 意を決して俺の考えを伝えると、トーネは頬を赤く染めつつ、なぜか自慢げに答える。


「それなら、二人のことも多少目をつぶって」


「たが……」


「シン」


「……分かった」


 今回も負けた。クールな顔でそんなことを言われたら、瑠璃色の瞳でそんなに見つめられたら、俺に勝ち目はない。


 俺は足を止め、後ろを振り返る。


「言い過ぎた。今後は、存分に痴話喧嘩してもいい」


「「痴話喧嘩じゃないっ!」」


 オレガルとミトの叫びがハモる。


「ふふ。やっぱり、仲が良い」


 二人の息の良さに満足したのか、トーネはご満悦だった。


「さ、行くか」


「うん」


「ちょっと待て、今のは流石に訂正しろ!なんで俺がこいつなんかと……!」


「こいつなんかあ?オレガルのくせになに言ってんのよ!私は完全無欠のレディでしょうがっ!」


「レディぃぃ!?はあ!?どこにそんな人がいるんですかあ?トーネちゃんかな?」


「こんのお、バカバカバカッ!」


「いってえ!なにしやがる暴力バカ女!」


「今日は四人だし、大型の魔物を狙ってもいいな。群れでもいい」


「分かった。探してみる」


 二人を完全に無視し、俺たちは目を皿にして本日の獲物を探すのだった。



 ※※※



「シン!」


「任せろ」


 オレガルの鋭い声に、俺は余裕を持って返す。


 防具を着込んだ手のかかりそうな獲物であるオレガルを避け、俺の目の前に一匹の獣が躍り出てくる。


 夫婦漫才を聞かされながら平原を探索していたところ、ようやく魔物を見つけた。逃げられないように気配を殺し、俺たちはブラックウルフの群れと相対したのだった。


「トーネは二人と周囲の警戒を」


「分かった」


「グルルルル……」


 黒狼の群れはまず、俺に一番近い個体を派遣することにしたようだ。奥に数頭いるが、こちらを警戒しながらうろうろするのみだった。


「グルルルル……、ガウッ!」


 数秒の唸り声の後、一番槍のブラックウルフは大きく吠えて駆け出した。


 狙いはもちろん、俺。鎧の類いは身に着けていないから、魔物にとっては倒しやすい相手に思えるのだろう。


「トーネ、よく見ておいてくれ」


「うん」


 オオカミは四本の足を忙しなく動かし、数メートル手前でぴょんと飛び跳ねる。そのまま俺の胸元にかぶりつこうという算段か。


 俺はのんきにトーネに話しかけながら、腰を落とし、左の腰に差している直剣の柄を掴んだ。


 硬く重い鎧兜は、受けるための装備だ。被弾した攻撃を和らげ、致命傷を回避するための盾。であれば、こう言い換えることができる。


 攻撃に当たらなければ、装備する意味がない。身につける必要がない、と。


「っ!」


 地面を強く蹴り、前進。ウルフとすれ違いながら、抜刀。


 瞬間的に上昇した速度と右腕の筋力を乗せ、ウルフの口、首、胴にかけてを一息に切り裂く。


 居合、ではない。両刃の直剣では刀のような閃きを繰り出すことはできない。


 まさしく、付け焼刃。父に習った居合の型を参考に、直剣でもできるようにしただけだ。素早く剣を抜いて、その勢いのまま斬撃を放つという、ただそれだけの技だった。


「……っと!」


 空中で絶命したブラックウルフは、突進の慣性により背後へ転がっていったが、オレガルが身を挺して止めた。


 まずは一匹。停止した俺は直剣を払い、付着した赤黒い血を飛ばす。


「シン、今のはなに?初めて見た」


「……全員で来い」


 斬って分かることもある。このオオカミの魔物たちは空腹だ。胃に消化物がほとんど入っていなかった。


 トーネの問いに応えたいのはやまやまだが、俺は泣く泣く無視して魔物たちに鋭い視線を送る。


「「「……ッ、ガアアアウウウッ!」」」


 瞬く間に仲間がやられ、黒い群れの構成員たちは少しの間逡巡していたが、空腹に耐えかねたのか、咆哮を反響させながら前進してきた。


 日の光を受けて鈍く輝く漆黒の波が、俺に向かって押し寄せてくる。


「シン、すぐ行く!」


「いや、いい」


 俺は首だけを捻って、後ろにいるオレガルに言い放つ。


「トーネ、対多数の戦い方も見せる」


 さらに付け足し、俺は前を見据える。


 よく観察する。


「「「ガアアアアアアウッ!」」」


 波のように見える黒は、よくよく見るとそうではなかった。


 十頭ほどのオオカミたちはそれぞれ、隣と一メートルくらいの間隔で互い違いになっている。統率の取れた進軍ではなく、ムラがあった。


 なるほど、攻め手になるな。


「……」


 流石に集中し、直剣を後ろに構える。


 すでに抜刀している。居合もどきは使えない。理想は数頭をまとめて一撃に伏すことだが、痩せているとはいえ大柄な獣相手にそうはいかない。


 だから、ムラを利用させてもらう。到達するタイミングの微妙な違いを活かし、一頭ずつ仕留める。


「ガアアアウッ!」


「ふっ!」


 まずは一頭目。俺はかぶりついてきた頭を躱し、その場で回転しながら後ろ左足を斬る。


 右手に伝わる感触から、腱を断ち切ったと確信する。


「グルアアッ!?」


 一頭目が転がっていくのを視界から外し、間を置かずにやってくる二頭目に備える。


「ガアアッ!」


 剣は振り切っているので、左で拳を放つ。


 牙に掠めないよう気をつけ、飛び込んできた二頭目の鼻先に素手のげんこつを叩き込む。


「グアアッ!?」


 殴打により頭部の勢いが弱まり、すっ転ぶようにひっくり返る二頭目。


 いったん無視。三頭目。


「ガアアアアッ!」


 不衛生な涎にまみれ、不揃いな犬歯が立ち並ぶ両顎が迫る。


 右足を踏み込み、強引にその場に静止した俺は直剣を軽く振る。未だ切れ味の衰えない銀色の刃が、オオカミの下顎に吸い込まれる。


「ガウッウン!?」


 顎の先を両断したのを確認。致命傷ではないが、痛みで動けないと判断して視線を切る。


 四頭目。


「ガアアアウッ!」


 鋭く剣を返し、前に投げ出している両前足を斬る。戦闘不能。


 次、五頭目。飛びかかりに合わせて剣の柄を頭に叩き込む。


 六頭目、転がって避ける。とりあえず次。


 すぐに立ち上がり、七頭目の突進を切り捨てる。左手で短剣を取り出し、再び来ようとする六頭目の脳天に投げて刺す。


 八頭目を半身で躱し、脇腹に直剣を突き刺す。すぐに抜けないので右手を放し、九頭目の噛みつきを後ろに下がって回避。前にステップを踏みながらもう一本短剣を取り出して首に突き刺す。


 最後、十頭目の牙が俺の喉元を引き裂く寸前、俺はもう半歩身を乗り出して頭突きをかます。


「っつうっ!」「シンッ!」


 血気盛んな牙たちが額を切り、俺の前髪にかけての肉と皮をぐちゃぐちゃにする。大きな衝撃に、首が後方に持っていかれそうになる。


 だが血が流れ、俺の意識はより研ぎ澄まされた。


「ッラアアアアッ!」


 俺は雄叫びを上げ、両足を深く落とす。左手を添えて、飛びかかりを受け止める。


 そして九頭目の首から短剣を引き抜き、今俺の前頭を味わっている十頭目の腹に突き入れた。


「アアアウッ!?」


 痛みと困惑で大きく鳴き、十頭目は徐々に力を失った。


 噛む力が失せたのを確かめ、俺は十頭目の頭を剥がした。


「……とまあ、こんなものだ」


「シンッ!」


 魔物の群れをすべて倒し、振り返ると今度はトーネが飛び込んできた。


 避ける必要はない。俺は彼女を抱き止める。


「シン。頭、痛くない?」


「痛いな。早く止血した方がいい」


「なぜ無理をしたの?私たちの手を借りればよかったのに」


 会話しながら、お互いが自然に体を離す。


 それからは安心したような、されども責めるような目で見つめられ、俺は少し考えた。


 オレガルとミトがそっと、トーネの後ろに付き添う。


「なぜ、か。手傷を負うことになるが、俺一人で全滅させられると思ったからだ」


「シン」


 語気が強くなった。青い瞳に叱るような色が濃くなった。


 返答を間違えたか?肉を切らせて骨を断つのは、戦闘の基本だろう。


「シン、あなたの考え方は間違えている」


「三人を守れた。怪我も想定内だ」


「違う……!」


 トーネの両肩がぷるぷると震え始める。


 ここまで怒っている彼女を、俺は見たことがなかった。


「私は、あなたが傷つくのを見たくない。あなたが傷つくのなら、私も戦う。ともに頼り合うとはそういうことでしょう?」


「だが、トーネはまだ実践には早いと……」


「確かにそうかもしれない。ある程度の被害は負っても構わないという、シンの価値観を尊重すべきかもしれない」


「……」


「でも、すべて結果論になってしまうけど、私はあなたを支えたい。あなたは私の剣だけど、戦闘のすべてを背負う必要はない」


「……そうだな」


 まくしたてるように浴びせられる言葉のシャワーに、俺は頷かざるを得なかった。


 言われてみれば、なぜ俺は一人で戦おうとしたんだ?魔物との戦闘に慣れたオレガルとミトがいるのに。


「俺もびっくりしたぜ!まさか自分から食われにいくとはな!」


「噛みつきの勢いを弱めようとしたんでしょうけど、流石に無茶よ。手を貸せばよかったわ」


「すまない……」


 謝りながらも、困惑する。ますます分からない。


 オレガルのメイスさばきなら、ミトの攻撃魔法なら、ブラックウルフの群れなど瞬殺できたはずなのに。


 俺はなぜ、一人で戦うことに、トーネを守ることに固執したんだ?


「ただ、倒せてよかった。……シン、頭を出して」


「ああ……」


 トーネは肩に提げている鞄からガーゼを取り出すと、再び近づいてくる。


 俺は彼女の手を受け入れる。息がかかりそうなほど近くに、トーネの美しい顔がやってくる。


 ああ。俺は……。


「守ることに、執着してしまっていた。もうなにも失いたくなかったから……」


「……シンは、よくやった」


 消毒液がかけられ、視界が滲む。ガーゼが押しつけられる。


「じっとして」


「……」


「次は、私たちに守らせて」


「……」


「ありがとう、シン……」


 トーネは右手を俺の頭に押し当てながら、変な姿勢のまま俺にハグしてくる。


「ありがとう、トーネ……」


 俺は泣きながら、強い抱擁を返した。


「ら、ラブラブすぎる……。本当に兄妹なのか?俺には……」


「野暮ね。あんたには兄妹愛が分からないのよ」


「なんだよっ。ミトだって分からないだろ。一人っ子なんだし」


「いいえ、私には分かる。あれも愛の形なのよ」


 ……。


 気まずい。

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天使と悪魔、人間と魔物 @LostAngel

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