トリミングパニック!!

@inuneko_mamire

第1話 橘ささら、トリマー見習いになる

「……あっ!」


白星高校に通う16歳の女子高生、橘ささらは、放課後の商店街で足を止めた。


その視線の先にあったのは、小さなペットショップ・ミモザ。そのガラス扉に貼られた1枚の張り紙。


《アルバイト募集!犬・猫・動物が好きな方大歓迎!トリマー補助のお仕事です》


「トリマー補助……!」


思わず声が漏れ、心臓がドクンと跳ねた。


(まさか、こんなところで出会えるなんて!)


彼女はふとガラス越しに中を覗く。奥では、エプロン姿のスタッフが犬を優しくタオルで包み、丁寧にブラッシングしている。動物達の毛並みはつやつや、満足気な顔をしていてとても幸せそうだ。


(やっぱり……カッコいい)


幼い頃、近所で迷子になっていた小さな柴犬を保護したことがある。泥だらけで震えていたその子を、家に連れて帰り、母と一緒にお風呂に入れた。濡れた毛をタオルで拭き取って、ふわふわの毛並みに戻っていく様子に、ささらは目を輝かせた。


「ああ、動物ってこんなに可愛くて……生きてるんだって感じがする!」


翌日にその子の飼い主は無事見つかり、「ありがとう」と泣きながら頭を下げてくれた。あの瞬間の気持ちは、今でも胸に残っている。


それ以来、彼女は犬も猫も含めて動物全般大好きになった。テレビの動物番組、YouTubeの猫動画、ペットショップの前を通るたびのぞき込んでは、しあわせそうなペットと飼い主を眺めていた。


でも――。


(見てるだけじゃ、満足できないかも)


思い立ったら止まらない性格だ。勢いでドアノブを握り、扉を開けた。


「いらっしゃいませ~……って、あれ? 学生さん?」


声をかけてきたのは、エプロン姿の男性。落ち着いていてイケメンなのに、なぜかエプロンの柄はネコのドアップ。


「あのっ、張り紙見て……アルバイトの応募に来ました!」


「おー! 」


「僕は店長の山田です、よろしくね。で、早速だけど志望動機を聞いてもいいかな?」


「はいっ!」


ささらは深呼吸して、気持ちを込めて語り始めた。


「子どもの頃、迷子の柴犬を保護したことがあって……お風呂に入れて、タオルで拭いてるうちにすごく元気になって、ふわふわになって……それがすっごくうれしかったんです!」


「なるほど、ささらさんは優しいですね」


面と向かって優しいと言われるととても気恥ずかしい・・・・

顔が赤くなっていないか心配しながら話を続ける。


「それで!以前ペットショップのガラス越しに見たトリマーさんが、まるで魔法みたいに動物たちをきれいにしてて……私も、そんなふうになりたいってずっと思ってました!」


「いや~もう、100点満点!合格っ!採用っ」


「えっ、面接ってそれだけでいいんですか!?」


「いやいや、君の目がキラキラしてたし、動物好きオーラ出てたし。あと、笑った顔が犬っぽいし」


「犬っぽい!?」


そのやりとりの奥から、「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。


「はいはい、店長。また適当なこと言って面接してるし。」


現れたのは、高めのポニーテールが印象的な同年代と思われる切れ長の目をした、私でもちょっとドキドキしてしまう様な綺麗な女の子。


「あたしは神代ひより、同じくアルバイト。ま、気楽によろしくー!」


「あっ、よろしくお願いします! 橘ささらです!」


ぺこっと頭を下げるささら。


「敬語なんか使わなくていいよ、名前で呼んでいいし気楽にいこうぜーわんこちゃん」


「わんっ!?」」


いきなり変なあだ名をつけられてしまったが、まぁ犬っぽい所が無いわけでも無いと自覚は有るのでそこまで嫌な気はしなかった。


――そして翌日。


「ささらちゃん、今日はドライヤー担当ね! チワワのポチ丸くんを乾かしてもらいます!」


「は、はいっ!」


「じゃあ、まずは私がやってみせるね」


ひよりがタオルでポチ丸を優しく包み、ドライヤーのスイッチを入れる。風量は中、音も控えめ。ふわっと空気が当たる距離感。彼女の手の動きは軽やかでリズミカルだった。


「ポイントは、いきなり顔に風を当てないこと。音と振動にびっくりするからね。まずは体の後ろから、距離をとって。ドライヤーは動かし続けて、熱が一か所にたまらないように。あ、しっぽは最後ね」


「すごい……どんどんポチ丸君が乾いていく」


「乾いていくって洗濯物みたいに言うなっ。ま、慣れればささらでもできるぞー」


そう言って微笑むひよりに、ささらは尊敬のまなざしを向けた。


「じゃ、やってみて!」


「は、はいっ!」


ドライヤーを構え、スイッチオン。


――ブオオオオオオオオオオ!!!


「えっ!?」


ポチ丸「キャウンッ!!?」


驚いたポチ丸がダッシュで逃げ出し、タオルを脱ぎ捨てて走り回る!


「ぽ、ポチ丸!? 待ってぇぇ!!」


「ちょっ! なんでいきなり最大風量!?」


「ボタン間違えちゃったぁぁ!!」


ポチ丸は滑るようにたまたま開いた部屋の扉から店の奥へと疾走していく!


「まずい!外に逃げた!!」


「待ってーーーー!!!」


結局、ポチ丸はささらとひより店長まで巻き込んだ大追跡の末、無事にお店の奥へ追い詰めて優しく保護。


「うぅ……ポチ丸、ごめんね……」


ささらがしょんぼりする横で、店長が笑う。


「まあまあ、初日はみんな何かしら失敗するものだよ」


「うぅっ・・・すみません」


「……でも、ちゃんと追いかけて捕まえたし、反省もしてるっぽいし」


「ぽいって言わないでくださいぃぃ……」


「ま、これからも一緒に頑張ろうぜー。犬娘(わんこ)」


「さ・さ・ら・で・す!!」


こうして、“ペットショップミモザのトリマー見習いコンビ”が騒がしくも誕生した。


トリミングの世界で巻き起こる、笑いと涙と毛まみれの物語は、今まさに始まったばかり――!

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