閉架
取り柄無し
閉架
私の大学には読んではいけない本がある。正確に言えば、読んではいけないページだろうか。元々、この怪談── 「読んではいけない本」は友人から聞いたものだ。なんでも、その友人はこの本を見つけたがっていた。さらに元を辿って、友人がこの怪談を知ったのは去年のことだと云う。発端は、友人がゼミの教授から聞いた話であった。
ある日、その教授は学内の図書館へと足を運んだ。目当ての本を見つけ、閲覧席で読もうとした時、挙動のおかしい学生を見つける。なんでも、ページを見つめたまま顔面蒼白といった感じで微動だにしない。そこで体調が悪いのかと思い至る。声を掛けようとした刹那、学生は本を閉じて出口へ走り出した。呆気にとられたが、どうしようもない。一時間ほど経ち、もう帰ろうかという頃に置き去りにされた本が目に入る。先ほどの学生が読んでいた本である。なんでもない、ありふれた文庫本だった。親切心でカウンターに持って行き、事の顛末を伝える。その日はそのまま帰るが、後日、その学生が行方不明になったことを知る。
友人が教授から聞いた話はこのようなものだ。本と行方不明とに因果関係を見出すのは牽強付会であるように思われるが、そういう見方も出来なくはない。とにかく、友人はその本を見つけたくなったのである。
早速、友人は本の特定を始めた。まずは教授から本の特徴を聞いたが、得られた情報といえば色褪せた文庫本だということくらいであり、これだけではどうしようもなかった。
しかし、本を探し始めて一ヶ月、友人はカウンターで返却手続きを行なった職員を特定した。幸い着任した初日のことで覚えており、奥に持っていった記憶があるという。つまり、閉架にあるかもしれないとのことであった。
それでも道のりは果てしないように思えたが、友人は諦めなかった。なんと、彼は見つけ出したのだ。職員の方に無理を言って、貸し出し履歴を見せてもらったのが大きかったと言っていた。一体何が彼を突き動かしたのか、私には皆目見当もつかないが、その時は私も大いに喜んだ。
詳しく聞くと、例の日に返却された文庫本という条件で絞り、さらに、閉架にある本で絞った。ここから先は全て借りてみたという。色褪せたという話だったので、それらしき本は数冊まで絞れた。しかし残念なことに、それらを熟読しても異常は全く見つけられなかったという。少し残念であったが、2人で骨折り損だったな、などと笑い合った。これで、この件は終了したかのように見えた。
さらに一ヶ月後、2人の後輩と学食を食べていると彼から連絡が入った。本を1冊見落としていた、と。最後に絞った数冊のうちの1冊が複本であったのだ。複本とは、同じタイトルの本を2冊以上所蔵している状態を指す。そして、今、その本を借りてきたと云う。
メッセージの後に写真が添付されていた。側面をよく見ると、1ページだけ違う素材で出来ているように見える。ページの大きさもどこかあべこべだ。今、彼は図書館に居るらしい。すぐ向かう旨を送信し、食事を切り上げようとすると、2人の後輩も一緒に来るという。不気味な話であるし、彼らも連れて図書館へ向かった。一ヶ月間止まっていた歯車が、突然回り出したようであった。
図書館に着いたは良いものの、館内をしばらく探し回ったが見つからない。先ほど送ったメッセージにも既読が付いていない。後輩と一緒に訝しんでいると、職員の方が声を掛けてきた。彼女によると、本をカウンターに置き、自分たちと入れ違うように出て行ったと云う。
なんということだろうか。入れ違っていたというのか。しかし、後輩らも彼の顔は知っているから気づかなかったとは考えづらい。となると、私たちとは逆方向に向かったということになるだろう。その方向にあるのは正門のみだ。後輩らと共に急いで後を追った。
正門を出てすぐの所にスクランブル交差点がある。私たちが着いた時、タイミング悪く信号機は赤を示していた。ふと、後輩が交差点の対岸を指し示す。一瞬、確かに彼が雑踏に消えていくのを見た。だが、とても追う気になれなかった。ちらと振り返った彼の顔が、絶望に歪んでいたからである。
閉架 取り柄無し @Omame_23
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