第2話 この柔らかい感触はッ……!?

 六尺様ろくしゃくさまと自称した身長180センチ超えの女と、俺はリビングで正座になって向かい合っていた。

 目を合わせるのが苦手なのか、ジッと見ていると合わせたり逸らせたりしている。

 でっかいおっぱいがテーブルの上に乗っているが……そういう使い方をするのか。


「えーっと……どこから話したものかな。とりあえず、妖怪ってことでいいのかな?」

「……うん。妖怪……だと思う。幽霊……じゃない」

「そっか。俺、その妖怪をはらう……祓い屋ってのをやってるんだけど。一緒にいても大丈夫なもんなの?」

「うん……問題ないと思う」


 コクコクと頷く六尺様。

 まだ少ししか話していないが、凶暴な妖怪ではなさそうだ。


「俺、ここに来たときに君を祓ったつもりだったんだけど……祓えてなかった?」

蓮斗れんとくんが祓ってくれたのは……私に押し付けられていた……呪縛じゅばく

「呪縛っていうのは、誰かに封印されてたってこと?」

「……うん。何年か前に……ここに来た女の子に……封じられちゃって……」

「なるほど。それって、もしかして陰陽師おんみょうじだったり?」

「違う……。ただの……女子大生」

「となると……六尺様の存在を気取ったその子が、ネットかなんかで払い方を見て、たまたま上手く封じちゃったってところか……」


 よくある話ではある。

 ネットやちまたに溢れている祓い方では、普通は妖怪を祓うことなんてできない。

 それは状況を悪化させることが多く、妖怪の怒りを買ったり、いたずらに封じ込めたりするケースがあるのだ。


 封じ込めるっていっても、ほんの少しだけ大人しくさせられるだけ。

 呪縛のもとにある妖怪は、そこから逃れようと藻掻き苦しむ。

 俺はその声を幾度となく聞いた。


 おそらくここに住んでいた歴代の女子大生が耳にしたと言われる物音は、六尺様が呪縛から逃れようとしたときに発せられたものだったんだろう。


 で、俺がそれを解いたと。

 さぞ苦しかったんだろうな……。


「あの……私をまた……封じるつもり……?」

「それは六尺様がどうするかによるよ。暴れようっていうなら、俺も仕事を果たさないといけなくなる。でも、そういうわけでもないんでしょ」

「うん……。私はただ……彷徨さまよえればいい……」

「人間に危害を加えないってことなら、ことさらに俺がどうこうすることはないよ」


 しかし、離れるわけにもいかなさそうだ。

 今の彼女からは悪意こそ感じないが、最初にこの寮へ近づいたときの邪気は凄まじいものがあった。

 おそらく妖怪としての力は膨大なのだろう。


 当分のあいだは同居という名の監視をする必要がある。


 それにしても、どうして急に妖怪が見えるようになったんだ?

 六尺様の力が強すぎて、元から声を聞くことはできた俺に影響したんだろうか。


 そう思っていると、チャイムが鳴る。


「あ、管理人さんかな。ちょっと待ってて」

「うん……」


 玄関を開けると、管理人のおばちゃんが満面の笑み書類を渡してきた。


「はい、これ諸々のね~。忙しいだろうから、急がなくていいわよ? 書けたら私のいる事務所のほうまで持ってきて」

「は、はい……」


 断ろうと思っていたが、こうなってしまっては厚意に預かるしかない。


 と、思っていると、両肩に手が置かれる。

 このひんやりとした感触はまさか――。


「……書くの、手伝ってあげようか……?」


 なんと六尺様が俺の肩越しから覗き込んできていたのだ。

 管理人のおばちゃんには見えていないとはいえ、堂々としすぎだろ!!


「ねぇ……聞いてる? 手伝おうか……?」

「……ちょっ!?」


 柔らかくてズッシリとしたものが背中から頭にかけて当たる。

 こ、これはおっぱい!?

 恥ずかしくないのかよ、こんなの当てて!?


「ん? どうしたの、あおいさん?」

「い、いえ! なんでもありません! 期日までに持っていきますので」

「ゆっくりでいいからねぇ~。それじゃ、よろしくね~」


 ドアが閉められると、俺は六尺様のほうを向く。


「ろ、六尺様……!」

「何……?」

「いちおう、六尺様というか妖怪は祓ったっていうことになってるからさ。俺も一芝居打たないといけなくて……ハァハァ」

「あぁ……そうだね。ごめんなさい……」

「いや、いいんだよ別に! シェアハウス……だっけ? するために協力してくれようとしてるだけなわけだしさ」

「うん……」


 彼女なりに気を遣ってくれているんだよな。

 他に行くあてもないわけだし、そういう意味じゃ家なしの俺と似たようなもんか。

 なら、似たもん同士で手を取り合っていかないと。


「そうだ。部屋、どんな感じかちゃんと見ておこ」

「私……案内する」

「ありがと、お願いするよ」


 1人用の部屋で決して広くはないが、色々と教えてもらおう。

 長いあいだ、ここに住んでるみたいだしな。


「ここ……リビング」

「だろうね。家具が一通りあるのはラッキーだなぁ」

「何か……持ってこなくていいの?」

「あぁ、全部燃えちゃってさ……あはは」

「そうなんだ……どんまい」


 どんまい、ってレベルじゃないけどな……。

 まぁいいか。


「ここ……キッチン」

「ガスコンロに冷蔵庫もある、と。こっちも色々備わってるな。寮っていっても、元がアパートっぽいからな。部屋の中にあるのはありがたい」

「私……料理したことない。でも……やってみたい」

「おぉ! じゃあ俺と一緒にやろう」

「うん……」


 ま、俺も料理とか全然できないけど。

 大体カップ麺とスーパーの惣菜メシで済ませてきたけど、さすがに健康にも気をつけたい。

 ただでさえ不幸体質なんだ。

 病気になったら、あっという間にあの世行きになりそうで。


「ここ……洗面所」

「トイレと別れてる感じなんだ」

「トイレは……こっち」

「なるほど」


 どちらも至って普通だ。

 共通して言えるのは、長いこと使われてなかったにしては綺麗だということ。

 当たり前だが、妖怪がこのあたりのものを使う必要性はないらしい。


「ここ……お風呂」

「ほう~、結構大きいんだね」

「私でも……入れるぐらい」


 アパートの風呂って大きいイメージはなかったが、女子寮のつもりで建てたなら、もしかして女子が好むからということで大きめに設計されたのかもしれない。

 これは十分にくつろぐことができそうだ。


「押し入れの中に……布団入ってる」

「お、ホントだ。あれ、でも何組かあるな」

「ここを出ていった人が……みんなそのまま置いていったから」

「あぁ、なるほど……」


 見たところ、ほぼというか使われた形跡もない。

 夜を明かすことなく、出ていってしまった人もいるんだろう。


「……こんな感じ」

「ありがとう。かなりいい部屋なんだなぁ……」


 妖怪が出る、という一点を除けば。

 その正体が六尺様だって知れば、出ていった彼女らも引きとどまったかもしれない。


 それからは書類の作成や転居の諸々を済ませ、日が暮れてしまった。

 食材がないと料理ができないが、今日は調達する時間もない。

 スーパーの惣菜を買ってきたら、六尺様も食べると言ってきた。

 そしたら普通に食ってた……あ、食うんだ。


 風呂にも入ってとこについたわけだが――。


「……あの、六尺様?」

「何……」

「い、一緒に寝るの?」

「……うん」

「ていうか、妖怪って寝る必要あるの?」

「ない……」


 どういうわけか、布団を敷いたら当たり前のように隣にも同じように敷いて横なったのだ。


 目をかっ開き、ホラー映画さながらに俺のことを見てくる。


「あの……無理に人間の生活に合わせなくていいからね?」

「うん……大丈夫。無理してない……」

「そう? なら、いいんだけど……」


 めちゃくちゃ寝づらい。

 というか、息をするのも詰まりそうなほどの緊張感がある。


「お、俺のことずっと見てるけど……どうしたの? なんか欲しいものとかある感じ?」

「……ない。面白いから……見てる」

「お、面白いって……俺からすると六尺様のほうがよっぽど面白いよ……」

「うん……ありがとう」


 褒めた……わけでもないんだけどな。

 でもなんか可愛いからいいか。


 妖怪と人間。

 種族の異なる二人が、ひとつ屋根の下で暮らすというのは、やはりままならないらしい……。


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【あとがき】

無知無恥な六尺様との生活。

次回、また変な妖怪が登場するッ……!?

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