妖怪だらけのシェアハウスで、不幸体質だった俺はモテ期を迎えました!?

佐橋博打

第1話 不幸な俺と二尺足りない女

 俺には2つ、他の人間とは違う部分がある。


 1つ目は、とんでもなく不運体質だってことだ。

 犬のクソを踏み、鳥のクソを浴びるのはもはやデイリーミッションのごとく経験する。

 さっきはコンビニでおにぎりを買って外で食べようとしたら見事に落っことした上に、猫に食われてしまった。

 傘を持たずに出れば土砂降りに遭い、自動車には何度も轢かれかけた。

 もちろん、毎年のおみくじは大凶が出る。

 もはやここまでツイていないのに20まで生きてこられたのは、逆にツイているとも言えるかもしれないな。


 ちなみにこの前、家が全焼して現在は家なしだ!

 加えて、実家からはワケあって追い出され中。


 そしてもう1つが、この世のものではない存在の声を聞けること。


 そう。


 人が、妖怪と呼ぶ者たちの声を。


 ————————————————————————————


 昼過ぎ、依頼人のおばちゃんとともに現場へ向かう。


「いやぁ、ホント困ったもんでねぇ。3年ぐらい前からかな? それまでなんともなかったのに、部屋から物騒な物音がするってね」

「小さい動物とかじゃないですよね?」

「違うと思うよ~? その子が言うには、動物っぽくない足音だったって。そのー……まるで人間みたいな感じ? ヒタヒタ……みたいな」

「なるほど……」

「屋根裏とか業者さんに頼んで見てもらったんだけど、何もないって言われてねぇ。ならもう……そういうことじゃな~い?」


 おばちゃんは困り果てた様子だ。


 俺たちが向かっているのは、彼女が管理している大学の女子寮。

 しかし、ここ数年で怪奇現象が起こるようになり、その利用者数が激減。

 そして今年に入ってからは誰も入居しなくなったらしい。

 にっちもさっちもいかなくなったおばちゃんは、祓い屋である俺を頼ってきたというわけだ。


 遠くにその寮が見えてくる。

 外見は普通のアパート。

 だと思っていたのだが――。


「……ん?」


 近づくにつれ、徐々に妖怪の邪気じゃきを感じ始めた。

 依頼される多くのものの原因は、妖怪とは関係のないことばかりだ。

 それだけ妖怪とは希少な存在。


 しかし、これは間違いなく妖怪が関係していそうだな。


 ドアを管理人のおばちゃんに開けてもらい、中をうかがう。

 その瞬間に強烈な邪気を感じた。


「ど、どう? 幽霊がいる感じ?」

「幽霊……ではないと思います。それに近い存在なのはたしかですけど」

「ひぃいっ……」

「そこで待っていてもらえますか? 敷居からこちらには来ないようにお願いします」


 うんうんと高速で頷くおばちゃん。

 俺は靴を脱ぎ、中へ入る。


 以前の住人は急いで出ていったのか、家具などはそのままだ。

 だが決して荒れているわけでもなく、むしろ綺麗なほう。

 これまでの例と比較すると珍しい。

 だいたいがゴミ屋敷みたいな場所に棲み着くからな。


「さて……やりますか」


 持ってきたを取り出す。

 そこには梵字ぼんじが刻まれていた。

 墓にある立て札、卒塔婆そとうばに書かているあんな字だ。


 それを四方に貼り、それぞれに指を鳴らす。

 鳴り響く音が一番鈍い方向へ身体を向け、胸の前でいんを結ぶ。

 両手の小指および薬指を曲げ、中指を立てた形。

 檀陀印だんだいんと呼ばれるものだ。


 目を閉じ、祝詞のりとを読み上げる。


幽世かくりよの声を鎮め、縛られし者を解き放つ。顕現せし異界の者、いざかえれ、元の座へ」


 そう言って印を解き、パンっと両手のひらを合わせる。


 すると、それまで立ち込めていた邪気は消えた。


「……よし。上手くいったみたいだな」


 改めて周囲を見渡しても、異変はなさそう。


 玄関で待っているおばちゃんのとこへ戻ると、彼女は心配そうな顔で震えていた。


「お兄さん大丈夫っ!?」

「はい、無事に祓えたと思います!」

「はぁ~、よかったぁ……」


 おばちゃんは安堵し、胸に手を当てる。


「これでまた学生さんが来てくれるんじゃないですかね」

「それがね、考えたんだけど……寮はやめようかなって思ってるのよ」

「え、そうなんですか?」

「事故物件ってわけじゃないけど、そんな風評も立っちゃったからねぇ。お兄さんにお願いしたのも、個人的に不気味だからそうしたってだけで、これで客足が戻ってくるとはとても……」

「それは残念ですね……」


 まぁ、気持ちはわかる。

 幽霊とか妖怪とか信じていなくても、同じ金額払うなら妙な噂のないところ選ぶだろうしな。


「でも、このままってのももったいないじゃない? だから、ここに住んでみない?」

「えっ!? 俺がですか?」

「そう! 言ってたでしょ、家がなくなっちゃったって。ちょうどいいじゃないの! お兄さんの職業だと、そういうたぐいのもんも気になんないでしょ」

「そんなことは……」


 いや、気になるけどね普通に。

 一回祓えば戻ってくることも珍しいが、それでも人並みには不気味に感じてしまうからなぁ。


 そうためらっている俺を、管理人さんはおばちゃんパワーで押してくる。


「家賃も気持ち程度でいいから! 駅からも近いし、スーパーもすぐそこ! お兄さん、独り身でしょう?」

「そうですけど……」

「あぁ~じゃあぴったし! 1人用の部屋だし、住むのには持って来いじゃないのよ。はい、それじゃあ決定ね! 待ってて、書類とか用意するから~」

「ちょっと! 俺はまだ――」


 バタン!

 ドアを閉め、出て行かれてしまった……。


「これって……ツイてるうちに入るのか?」


 そう思って頬を掻く。

 すると、背筋に寒気が走った。


「……えっ」


 祓って消え失せたはずの邪気が元に戻っている。

 いや……さっきのとは違うか?

 玄関をジッと見たまま、後ろを振り返る勇気が持てない。


 すると、肩に大きな手がのしかかる感触がやってきた。


「……おいおいおいおいおいおい、嘘だろッ」


 こんなこと初めてだ。

 俺は妖怪の声を断片的に聞くことはできるが、触れるなんてことができたためしがない。


 その手は冷たいように感じるし、これひょっとして妖怪じゃなくて幽霊か!?

 待て……だとすると俺の専門外だぞ、それ!

 妖怪は人間じゃないが、幽霊は一般的には人間の魂だ。

 似て非なるもの。


 身を震わせていると、トントンっと肩を叩かれて――。


「気づいて……るんでしょう? 私のこと……」


 ホラー映画でよくある感じの喋り方だ……!

 抑揚のない、ひんやりとした感じの。


 話しかけられてしまっては、もう無視をすることもできない。

 首をグギグギと回して、その正体を目にする。


「……んなっ!?」


 俺の前に立っていたのは、白いワンピースに包んだ女性だった。

 長く黒い髪の毛を前にだらりと垂らし、いかにも幽霊ですよと言わんばかりの風貌。

 肌は青白く、素足のようだ。


 ……ていうか、デカいな。

 おっぱいが。


 そこだけ飛び出てるのかと思うぐらいにデカい。

 どういうこと?

 乳がデカいだけで急に恐怖心が消えるあたり、男ってマジで哀れな生き物だと思う。


 よく見れば全身ムチムチしてるぞ。

 なんでそんなに肉付きがいいんだよ!?

 幽霊なのにガッツリとメシ食ってるのか……?


 そもそも身長も高い。

 170そこらの俺を超えている。

 180ぐらいだろうか。


 デカくて、黒髪で、白いワンピースで……。

 これってもしや――。


「はっ、はっ、八しゃっ――」

六尺様ろくしゃくさま……」

「……え?」

「名前……でしょう? 六尺……様」


 長い髪のあいだから、ぱっちり二重の目を覗かせて言う。


「ちょっと……え? 二尺ほど足りなくないか……?」

「六尺は……180センチ」

「あっ。たしかに……それぐらいか」


 例の存在とは違うようで、背が低めか?

 いや、それでも十分にデカいけど。


「あなたの……名前は……?」

「あ、俺? 葵 蓮斗あおい れんとって言うんだけど……」

「……そう、蓮斗くん。よろしく……」

「よ、よろしくっ……って! ちょっと待った! もしかして……ここにいるつもりか!?」

「うん……シェアハウス」


 シャアハウスはいつから1人用の部屋を2人で使うことを指す言葉になったんだ。

 てか絶対に金持ってないだろ!!


 とにもかくにも始まってしまったようだ。

 六尺様、とかいう珍妙な妖怪女と祓い屋の俺の同居生活が。


 これは……不運って呼べるのかねぇ。


 ————————————————————————————

【あとがき】

当たり前のように居座る六尺様……!

ギャグとエロしかない物語が、今始まる。


同時連載中です。

こちらもぜひごらんください!!

https://kakuyomu.jp/works/16818622175103945513






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