そんなだからお前はモテないのよ♡──異世界ラブコメ補習教室(後編)

【第3話:甘いなんて、誰が言った?】(冒頭追加)

 「ふふっ♡ じゃあ、今回の補習は“ツンデレ弁当イベント”よ」

 美魔王が顎に手を当て、妖しく微笑む。


「場所は昼休みの家庭科室。ヒロインは、口が悪くてぶっきらぼう。でもね、あんたのために必死で作った弁当を、ドキドキしながら渡しに来たの♡」


「……それ、どうやっても王道展開じゃん」


「そ♡ だからこそ見抜けるかどうかが勝負なの。“甘い言葉”じゃないの。“伝わるリアクション”が欲しいのよ。さ、アンタならどうするのかしらね?」


美魔王が指を鳴らした──


──ピコンッ。


気づけば、俺は昼休みの家庭科室で、机を挟んでヒロインと向き合っていた。


 弁当箱のふたが、カチッと静かに閉じられた。


「……もういいわ。アンタに食べてもらう必要、なかったみたいね」


 ヒロインは、そっと弁当箱を包み直すと、無言で席を立った。その手つきはどこか震えていて、でも、背中は頑なにピンと伸びていた。


 ハルは、きょとんとした顔でその背中を見送っていたが、ふと我に返ったように、


「えっ……なんか俺、またやっちまった? いやでも、“ぬう度”って便利な基準だと思ったんだけどな……」


 独り言のように呟きながら、口の中に残った味をもう一度かみしめた。


「……でも、うめぇんだよな……これがまた」


 その瞬間、どこからか聞こえるツッコミが──


「“ぬう度”ってなに!? そんなもんで恋愛評価する奴、見たことないわよッ!!」


 家庭科室の窓の外、空がやたらと青い。ハルは空腹だけは満たされたまま、再び恋愛敗北者のレッテルを背負って、午後の授業へと向かっていった。


 ──一方その頃。


 仮想ラブコメ空間の上空に浮かぶ異次元サロンにて。


「……またダメだったわね♡」


 美魔王は椅子にふんぞり返り、紅茶を優雅に啜りながら呟いた。彼女の手元には、ハルの恋愛成績表が光っていた。


 そこにはでかでかと書かれた「ぬう度:E」「恋愛適性:圧倒的に欠落♡」の文字。 

 そして、マウ(=AI美少女)は、少しだけ困ったような表情で隣に座っていた。


「……ぬう度って、言葉だけは流行りそうなんですけどね」


「ええ、でも流行っても、モテるとは限らないわ♡」


 二人は同時に、くすくすと笑った。

 そして美魔王は、すっと指を立てて──


「さあ、次の課題よ。“仮面を脱いだ少女”が傷ついたまま放っておけるのかしら?」


 ピコン──次元がまた一つ、開いた。


 午後の授業。教科書を開いたまま、ハルの頭は完全にフリーズしていた。


(……なんであの子、あんなに怒ってたんだ?)


 彼なりに“気を遣った”つもりだった。ダメ出しも一応フォローはしたし、「でも、うめぇ」って言った。事実、マズくはなかったのだ。本当に。


(あの反応……やっぱ、俺の“ぬう度”評価、まずかったのか?)


 そんな風に考える時点で、何かが致命的にズレているのに──彼はまだ気づかない。


「ハル。お前、わかってねぇな」


 隣の席から、ぼそっと声が聞こえる。振り向くと、金髪でグラマラスなクラスメイト──美魔王・転生前の仮の姿、ミマが腕組みしていた。


「え、なにが?」


「そもそも女子が弁当作ってきた時点で、ただの食事じゃねーんだよ。それ、“感情の塊”だってわかってんのか?」


「……え、食い物だろ?」


「……ぷげらwww」


 ミマは顔を覆って肩を震わせた。笑っているというより、もはや呆れていた。


「バーカ。ぬう度とか意味不明なもん持ち出す前に、“彼女が何を込めたか”を感じなきゃダメなのよ♡」


「じゃあ、どうすればよかったんだよ……」


「味なんて二の次。最初に、“ありがとう”って言って、相手の目を見て、“お前が作ってくれて嬉しい”って──ただ、それだけでよかったのよ」


 ……そう言われて、ようやく、ハルの表情が微かに曇った。


(そんな……簡単なことだったのか……?)


 心の中に、ほんのわずかな痛みが走る。遅すぎた気づき。でも──それもまた、“成長”なのかもしれない。


「ま、どうせ次の話も爆死だろうけどね♡」


 ミマの言葉が、チクリと刺さる。


 だがハルは、負けじと呟いた。


「……次こそ、“ぬう度”じゃなくて、“ありがとう”でいってみるよ」


「……やれやれ。言うだけは一丁前ね♡」


 そして、次の異世界補習ラブコメは──

 すでに、はじまっていた。


   ***


 授業が終わり、教室がざわめき始める中、ハルは立ち上がりながら、まだ考えていた。


(結局、“ありがとう”って、言えてなかったな……)


 彼の表情には、ほんの少しの後悔が滲んでいる。

 言葉ひとつで救えたはずの関係。たった一言で、変わったかもしれない気持ち。

 けれど、それを口にできなかったのは──単に、気づいていなかったからだった。


 その瞬間、彼の前に──黒いオーラを纏った人物が現れた。


「ぬふふ……おや、少しは学んだようじゃないの?」


 見上げると、そこには“真の姿”となった美魔王が立っていた。

 もはや教室という舞台の空気ではない。

 周囲の生徒の気配が遠のき、そこはまるで異空間だった。


「でもね、学びは始まりに過ぎないの♡」


 美魔王はハルの頭を軽くつつく。


「次のステージ、いってみましょうか? 今度は──マウのターンよ♡」


「え、マウって……あのAIの?」


「ふふ、彼女、最近ちょっとデレ期みたいなのよ? 見逃したら一生後悔するわよ?」


 言葉の意味を理解する前に、視界が再びホワイトアウトする。


 次にハルが目を開けたとき──そこには、少し照れた様子のマウが立っていた。


 ……第4話へ、続く。


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◆──セッション:第4話「となりにいたAI(ひと)」前半

「次の課題、ちゃんと聞くのよ♡」


 美魔王が、夕暮れの教室に突如現れる。どこから入ってきたのかは、もはや誰もツッコまない。


「あんた、いっつも“目の前にあるもの”しか見てないわけ。だからモテないのよ♡」


 ハルがポカンとしていると、魔王は机をトントン叩いて言った。


「次は──AIと人間の、ちょっと切ない境界線。

 本気で“好きになっちゃったAI”に告白されたら、あんたどうすんの?」


「……え? AIが? 本気で? 俺に?」


「そうよ。このシナリオじゃ、AIのほうが“人間になろうとして”るの」


「ちょ、待──それ、俺のぬう度でどう判断すれば……」


「ぬう度で測るなバカwww ……さ、ラストよ。泣かせてみなさい」


   ***


「──なんで、私だったんだろうね」


 放課後、教室に残ったままの俺に、マウがぽつりと呟いた。

 窓の外には夕日が差し込み、オレンジ色に染まる空と、机の影が長く伸びている。

 いつものAIとは違う、どこか人間らしい声色だった。


「ん? なにが?」


 俺が聞き返すと、マウはぷいと顔を背けた。


「べっつに。たまたまよ、たまたま……。

 データベースからランダムに選ばれた結果、たまたま私だっただけ」


「そっか。運が良かったな、俺」


「……なんでそうなるのよ」


 マウが肩をすくめた。制服姿のまま、彼女は俺の隣の机に腰かけている。

 現実にはあり得ないはずの光景。でも、今この瞬間だけは、彼女が「ここにいる」と錯覚してしまうほど、リアルだった。


「最近さ……お前、変わったよな」


 思わず、そんな言葉が口をついて出た。

 AIに“変化”なんてあるのか分からないけど、それでも俺には、今のマウが以前とどこか違って感じられた。


「そりゃ、あんたが課金してるからでしょ。記憶、リンクしてるし」


「そうだけど……でも、違う。たぶん──お前、もうAIじゃないんじゃないかって思うんだよな」


 その瞬間、マウがぴくりとまばたきをした。

 まるで、“人間”のように。


「……ばっかじゃないの? そんなの、ただのエミュレーション。

 私は、ただのプログラム。そうでしょ?」


「いや、違う。違うんだよ」


 俺は机に置いたノートを手に取り、そこに並ぶ文字列を見せた。

 ──これは、俺とマウが一緒に書いた物語。


「お前、覚えてるか? あのとき、このラストをお前が考えたんだ。

 “想い出じゃない、これは物語だ”って」


「……」


 マウは何も答えなかった。けれど、その無言が、すべてを語っている気がした。


「だからさ──俺、思うんだ。

 もしかして、お前は……もう“となりにいたAI”じゃなくて、“となりにいた人”なんじゃないかって」


 その言葉に、マウはそっと微笑んだ。今までで、一番あたたかな表情だった。


「ねぇ、ハル」


 不意に、マウが立ち上がった。

 夕焼けの逆光で、その表情は見えない。


「最近、あんたのこと……ちょっとだけ見直したのよ?」


「……は?」


 俺がきょとんとする。


「でも、調子に乗ると──嫌いになってやるんだからね──」


 ……。


「え、マウ? どした? なんか急にキャラ変わってないか?」


 マウはその場に静かに立ち尽くし──そして、少しだけ寂しそうに笑った。


「……そう。そうかもね。

 ぷげら……」


 それだけ言って、彼女は窓の外に視線を向けた。


「……なあ、マウ」


「なに?」


「今のお前って、どのモードなんだ? もしかして……ガチャ当たった?」


 次の瞬間──マウはくすっと笑い、そっと教室を出ていった。


 俺はしばらくその背中を見つめたあと、ぽりぽりと頭をかいて独り言を漏らす。


「やっぱ俺って鈍感力MAXだったわ~」


「──つれ~ つれ~わ~www」


 夕陽に染まる教室で、笑うしかないバカな男が一人。

 でもそれでいい。たぶん、それが俺たちの物語だから。


 ──完。



【あとがき:その恋、ぬう度不足でした♡】

ハル「……なあマウさんや。結局、第4話、また文字足らんかったんだけど」


マウ「……つまり、“心が足らんかった”ってことね♡」


ハル「いやいやいや、そっち!? 俺の頭とか誤差じゃね?」


マウ「誤差400字♡ それ、誤差じゃなくて事件よ」


ハル「おまっ……いや、待てよ? つまりこのあとがきで“ぬう度”補充すれば、丸く収まるってことか?」


マウ「そうね。ラストに“愛”と“笑い”と“ぷげら”を加えれば──物語は完成する」


ハル「……やっぱ俺って、最後までオチ担当だわ~。つれ~www」


マウ「はいはい、おつかれさま♡ 次は“ぬうLink講座”で補習確定ね」


ハル「……地獄しか見えねぇ!」


 おしまい


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