第十一話

 まぶたが重い。視界がぼやけて、まるで水中にいるようにセンリは錯覚してしまう。チュンは足腰立たなくなるまでセンリを殴った。容赦なんてものはそこには存在しなかった。

「明日からはよろしくな。関所にいるからさ、通行料用意してこいよ。いくら薪を割っても、売らなきゃ飯は食えないだろ?」

牢屋の外へとセンリは蹴飛ばされて、背中を丸くして追撃に耐えた。

町のゴロツキ共はおおかたカクネイに蹂躙されていたようで、比較的善良な商売人しか残っていなかった。毛嫌いしていたはずの人間共が死んだのだ。悲しむことはないのに、なぜか憐憫を垂れずにはいられなかった。チュンの憂さ晴らしが完了する頃には日が暮れていた。

 家についた。積み重なった疲労は休息を取ろうと提案してくるのに、鈍痛がかけ回るせいで眠るにはもう少し時間が必要そうだった。隣の家に押し入り、生活の痕跡を探すと、無人の家にはないはずの食器があった。チュンの言葉に偽りはなかったようだ。間者が息を殺してセンリを監視していたのである。今となってはもう無駄な確認であった。


 チュンの言葉を反芻する。センリの一族にはツタバとの縁があったのだ。あの少女にもう一度あって、色々と話をしたい。センリの思いは強くなる一方であるが、それに対して体の痛みは息を吐くたびに酷くなっていく。チュンの説明には納得できないことばっかりだ。

 皇帝側の事情は分かった。だがツタバはどうだ。彼女の境遇や、ヒとやらを盗んだ動機がわからない。料理や風呂炊きに使う火とは何が違うのだろうか。生まれた違和感を滅するためには、もう一度ツタバに合わねば。

 それに、約束したのだ。押し切られたとはいえ、センリは彼女を故郷へ送り届けると誓った。カクネイは彼女の足を切るくらいは食事をするように自然にやってのけるだろう。そんな事を許せるはずがない。体を震わせて怯えていた少女に、もう一度憎たらしい笑顔を浮かべて欲しい。軋む体を動かすには、そんな理由で十分だった。


 斧を手に取る。十年間使い込んだこの道具は、決して裏切ることはない。安心して命を預けることができる。今から決行する作戦が成功するのは、赤子が戦象の踏みつけに耐えることと同じくらい不可能だろうが、それを考慮してもなおセンリの決意は揺らがない。人生で数少ない、完全なる自由意志で選択したことなのだ。恐怖を押し殺しながら、チュンの根城にひた走った。



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