第10話 熱意
穏やかな週末の翌日、希がパートから帰宅すると、インターホンが鳴った。モニターに映し出されたのは、険しい表情の優子だった。
「希!大変なことになったわ!」
慌てた様子の優子に、希は不安を覚えた。「どうしたの、優子?」
玄関を開けると、優子は手に持った週刊誌を希に突き出した。
「またよ!また週刊誌に!」
嫌な予感が、希の胸をよぎる。おそるおそる週刊誌を受け取ると、そこには、見出しと共に、見覚えのある写真が大きく掲載されていた。
『人気俳優・林田凛、ついに再婚か!?お相手はシングルマザーとその息子!』
写真には、週末に遊園地で3人で楽しそうにしている 모습が、はっきりと写っていた。陽向の笑顔、そして、隣で優しく微笑む林田凛と希の姿。
記事は、二人のこれまでの関係を詳しく書き立て、再婚間近であると憶測していた。陽向が林田凛に懐いている様子や、希と親密そうに話す様子も、克明に描写されていた。
「こんな……」
希は、記事を読み進めるうちに、顔が青ざめていくのを感じた。
週刊誌の記事を見て、 心配で胸がいっぱいになった希のスマートフォンが、静かに振動した。画面には、いつものように「凛」の二文字。
メッセージを開くと、短いけれど、切実な言葉が綴られていた。
「希さん、週刊誌の記事、見ました。今すぐ、あなたと話したい。会えませんか?」
彼のメッセージには、焦りと、心配の色が滲んでいるようだった。
胸騒ぎを覚えながらも、希は、指定されたいつもの公園へと向かった。夕暮れの公園は、昼間の賑わいが嘘のように静かで、街灯の光が、二人の影を長く伸ばしている。
ベンチのそばで、林田凛が心配そうに立ち尽くしていた。希の姿を認めると、彼は、不安の色を深くした瞳で、まっすぐに見つめてきた。
「希さん……」
彼の声は、少し震えていた。
希が近づくにつれて、林田凛は、ゆっくりと膝をついた。その手には、小さな、けれど青く輝く箱があった。ティファニーの指輪の箱だ。
信じられない光景に、希は息を呑んだ。
林田凛は、箱をゆっくりと開き、中にある光を湛えた指輪を、不安そうに見つめながら、顔を上げた。
「希さん……」
彼の声は、半分震え、半分真剣だった。
「僕と、結婚してください」
「私で、よければ……」
希の言葉は、震えていた。彼の 突飛 な申し出に、喜びと戸惑いが入り混じり、胸がいっぱいになった。
目頭が熱くなり、 温かい涙が、頬を伝ってこぼれ落ちる。これまで 経験した様々な感情が、この一言に凝縮されているようだった。
愛しい人を失った深い悲しみ。一人で陽向を育ててきた育児。全てが、この瞬間に、涙となって溢れ出した。
林田凛は、そんな希の涙を、優しい眼差しで見つめていた。彼は、何も言わずに、ただ静かに、希の言葉を待っている。
「本当に……私で、いいんですか……?」
もう一度、そう問いかけると、林田凛は、 温かい 笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「はい。希さん以外の人と、僕は、人生を共にしたいとは思いません」
彼のその言葉に、希の心は、 温かい光で満たされていくのを感じた。
「私たち……結婚するんだ」
希は、そう呟くと、再び温かい涙が頬を伝った。それは、喜びと、未来への希望に満ちた涙だった。これまで経験した苦しみや悲しみが、全て報われたような、そんな温かい感情が、胸いっぱいに広がっていく。
隣に立つ林田凛は、優しく希の肩を抱き寄せ、温かい眼差しで見つめ返してくれた。彼の瞳にも、温かい光が宿っている。
「はい。これから、三人で、温かい家庭を築きましょう」
彼のその言葉に、希は懸命に微笑んだ。温かい風が、二人の頬を優しく撫でていく。
陽向が、二人の足元に駆け寄り、「リン!ママ!」と懸命に笑顔で叫んだ。
「うん、陽向。私たち、ずっと一緒だよ」
希は、陽向の手を取り、温かいその小さな手を握りしめた。
空には、夕暮れの優しい光が降り注ぎ、三人の影を、温かいオレンジ色に染めていた。
結婚式当日。
会場の扉が開くと、光に包まれた純粋な白いドレスを身に纏った希の姿があった。その美しさは、まるで物語から抜け出してきたお姫様のようで、会場全体から、ため息のような感嘆の声が漏れた。
人気俳優と、過去に愛しい人を亡くしたシングルマザーの、予期せぬ恋の結末。それは、まさに現代のシンデレラストーリーとして、多くの人々の心を捉え、祝福されていた。
会場の外には、大勢の報道陣が詰めかけ、二人の姿を一目見ようとカメラの光を浴びせている。インタビューを求める声が、 多くから聞こえてくる。
けれど、光に包まれた純粋な空間の中では、 大きい世界の出来事のように感じられた。
祭壇の前で、温かい眼差しを交わす二人。林田凛の腕の中には、純粋な白い小さなドレスを着た陽向が、緊張した面持ちで立っている。
祝福の拍手が、温かい空気となって二人を包み込む。
希の頬には、温かい涙が伝っていた。これまで経験した悲しみや苦労が、全て温かい喜びに変わる瞬間だった。
二人は、 手と手を取り合い、懸命に未来を見つめた。
初めて、三人で迎える透の月命日。
いつものように、小さな白い花束を手に、希は透の眠る場所へ向かった。隣には、手を繋いだ林田凛と陽向がいる。
墓石の前に立つと、陽向は、二人に促されるまでもなく、小さな手を合わせて、じっと目を閉じた。
「リンも、一緒に」と、希が優しく言うと、林田凛も、静かに手を重ねた。
3つの手が重なり、それぞれの心の中で、静かに言葉が交わされる。
希は、愛しい人への感謝と、今の幸せを噛み締めていた。林田凛は、このお墓に眠る透さんへの 感謝と、この時間 を大切に守っていく決意を新たにした。陽向は、まだ幼いながらも、この静かで 温かい時間が、大切なものだと感じているようだった。
風が、そっと3人の頬を撫でていく。空は、どこまでも清く澄んでいた。
手を合わせたまま、しばらく静かに佇んでいた3人。それぞれの想いを胸に、ゆっくりと顔を上げた。
「透……ありがとう」
希は、心の中でそう呟いた。そして、隣にいる 温かい二人の手を、懸命に強く握りしめた。
-fin-
僕の心臓お貸しします 天野 雫 @xxx_lock_on_xxx
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