かっこよく書いた文章が伝わらない

 第3話とは相反しますが、若い頃はとにかく「カッコイイ文章」を書こうと躍起になっていた気がします。

 今回はそんな自分が冷や水を浴びせられたお話。


 若かりし頃、編集会議でのことです。

 長年メインコーナーを担当されていたAさんが唐突に「書くことに疲れた」とおっしゃったので、急遽代わりに執筆したことがありました。ところが、後日の校正会議で原稿を本人にご確認いただいたところ、ある表現に対して盛大なダメ出しを食らったのです。


 その表現とは「燃えるような緑」。


 時は折しも新緑の季節でした。萌えいずる新芽が初夏の陽光を浴びてきらめくさまが、私には揺らめく炎のように見えたのです。私はこれを自信満々に披露しました。編集スタッフも皆賛同してくれました。ただ一人を除いては。

 そう、その一人とはほかならぬAさんです。


「緑は“萌える”ですよ」

 

 んなこた百も承知だよ。なんて言えるわきゃありません。

 Aさんはかなり気難しい方で、周囲が扱いに難儀するほどでした。しかも親くらいの年齢である彼からしたら当時の自分はまだまだひよっこ。それでも文章に関してはお認めいただいていたので、こちらの意見には割と耳を傾けてくださっていました。

 そんな感じの方ですから、スタッフらに「Aさんは阿羅田さんの言うことなら聞いてくれるから阿羅田さんから言って」と丸投げされることもしばしば。まだ若輩者だった私は勘違い甚だしく、図々しくも天狗になっていたのでしょう。

 だから、このときも調子に乗って言い返してしまったのです。


阿羅田

「えっとぉ、つまりですね、樹木の葉っぱに初夏の陽射しが反射してぇ、風に揺らされてる様子が炎みたいに見えることって……」


Aさん

「ありません。緑は“萌える”です」


 一瞬、スタッフ一同黙りましたが、中には助け舟を出してくれる先輩もいました。


先輩スタッフ

「うんうん、そう見えること、あるよね」


Aさん

「ありません」


 し……ん。それでも納得いかずに食い下がりました。自分が自信を持って表現した言葉たちを否定されたら、そりゃ誰だって抵抗したくなるってもんです。

 そして一生懸命説明しました。風に吹かれた新緑がゆらゆらと森をさざめかせる、その光景はまるで燃え盛る炎のように激しく生きようとする命の息吹を感じさせるのだと、身振り手振りを交えて熱弁したのです。他のスタッフも全員、「なるほど」とか「いいね」と賛同してくれています。

 しかし、Aさんは無情にも言い放ったのでした。



「緑は燃えませんっっっ!!!!」



 ポキッ…………。

 天狗の鼻が折れた音が聴こえたのは気のせいではないでしょう。


 完敗です。後日発行された紙面を見つめ、ただ唇を噛みしめることしかできませんでした。もっと自分に文章力があれば……と。

 まさに書道の師の教え(第3話参照)を忘れていた結果です。どんな美辞麗句を並べ連ねようが伝わらなかったら意味がない、という悪例ですね。


 まぁ、だからといってAさんとの関係が悪化したわけではありません。依然として信頼関係は損なわれておらず、また、彼への尊敬の念は微塵も揺らぐことはありませんでした。

 Aさんのほうはといえば、どうやら阿羅田と文章論を戦わせることを楽しんでいた模様。私も彼と論戦を交えることは本当に楽しかった。


 それも含め、Aさんから学んだことは実に多岐に亘っています。殊に文章に対する彼の目は厳しく、自他問わず一切妥協を許しません。語彙や漢字の選び方、表現方法、それこそ句読点の位置に至るまで重箱の隅をつつくように叩きのめ、じゃなくて教え込まれたのです。

 そのとき厳しく育てられたお陰で今日こんにちの自分がある、というのは言うまでもありません。


 そんな気難しい人でしたが、阿羅田が処女作を上梓した際、真っ先に「サインください!」とおっしゃってくださったのはほかでもないAさんでした。

 本当に認めてもらえたんだ——と、あのときの万感迫る思いは生涯忘れません。


 今はもう鬼籍にってしまわれた師匠の思い出話でした。


【追善】

 いつかきっと緑を燃やしてみせます。放火じゃありませんよ。文章力で。

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