第3話

人に頼られるということに悪い気持ちはしなかった。僕はいま確かに必要とされていて、ここに僕の居場所があるんだと思えた。まだ若くて体力もあったし、誘われれば平日でも何処にでも行った。むしろそうしていないと自分の存在意義が無いと思っていたのかもしれない。あの頃の僕は、おそらく人に必要とされないことが怖かったのだ。


おそらく仕事でもそうだったのだろう。八方美人で人当たり良く、それでいて上手くお客さんたちと距離感を詰められた。いい子だとかこんな孫が欲しいだとか娘の婿にこないかとか、気難しい相手ともそれなりに上手くやっていた。上司や同僚にもそのあたりはよく頼られていた。


いい人でいようとすることに苦痛は感じていなかった。もしかしたら少しずつ僕の心に棘のようなものは刺さっていたのかもしれないが、少なくともその痛みに僕はまだ気付いてはいなかった。それよりも僕は他人に嫌われるのが我慢ならなかった。それもやはりどこか恐れていたんだろう。


今思えばそれなりに難儀な性格だったのかもしれないが、その頃の僕は、自分は前向きで楽天的で遊びも仕事もそれなりに楽しくこなせている、まあまあ自己肯定感の強い奴で、心の病などとは程遠い人間だと思っていた。


身近にもそういう疾患やトラウマと闘う人たちもいたし、僕の性格上、その人たちからかなり込み入った相談もされる事もままあった。僕も身近で支える人向けの本を読んだりしてまあまあ理解もしているつもりだった。その上で誰がなっても不思議ではない病気だが、それでも僕はならないと思っていた。

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