本作は自分にとって今年カクヨムに発表された短編のベストワンである。
もう一つベストがあってそれは秋犬さんの『あったか漫画クラブ』である。
カクヨムはファンタジーやホラーが人気だが、純文学や私小説にも傑作が多く、この二作がそのなによりの証しとなっている。
成人した主人公が生まれて初めて生みの母と会う。
それだけの話が淡々と綴られる。
宇治さんの特徴である明朗なユーモアがまったくないところからも、本作のテーマが作者にとって重大なものである事実が伺える。
「母親」は日本文学というか日本社会では長らく禁忌で、語られることはほとんどなかった。
語ったとしてもいい面だけで、暗部はタブーだった。
日本の文学者できちんと母親の暗部を書いたのは太宰治と思う。
処女作の『晩年』に納められた短編『思い出』がそれである。
暗部といっても大したことは書いていない。
母親側からすれば気晴らしの意地悪程度のことだろうが、息子の太宰は血を流しながらこれを書いてるのがわかる。
「母への追憶はわびしいものが多い」
というさりげない一文に、太宰の本音がにじんでいる。
ユーモアがまったくない、静かな淡々とした文章で、そこは宇治さんと同じある。
たぶん「母親」というモチーフは太宰や宇治さんのように強靭な精神の持ち主でなければ書けない。
静かだが緊張感のあるいい文章です。
ぜひご一読をおすすめします。