パート2: 始まりの小屋と不思議な力

 『忘却の森』に足を踏み入れて、どれくらい経っただろう。

 陽はとっくに暮れて、獣の遠吠えがすぐ近くから聞こえる。


(寒い……お腹がすいた……このまま、死ぬのかな……)


 食べ物も、水も、寝床もない。

 このまま夜を明かせば、凍え死ぬか、魔物に食われるか。どちらにせよ、僕の命は今夜尽きるだろう。

 意識が朦朧としてきた、その時だった。


(あれは……小屋?)


 木々の間に、かろうじて建物の形を保った廃屋が佇んでいた。

 最後の力を振り絞り、僕はそのボロ小屋へとよろよろと歩み寄る。

 中はカビと埃の臭いがひどく、壁も床もボロボロだった。


「はは……ひどい場所だな……」


 乾いた笑いが漏れる。

 それでも、壁があるだけマシだ。僕は壁際にずるずると座り込み、冷たくてゴツゴツした壁に背中を預けた。

 もう指一本、動かせそうにない。


(せめて……この壁がもう少し滑らかで……)

(少しでも……温かかったらな……)


 意識が遠のく中、僕はぼんやりとそう願った。

 どうせ死ぬなら、少しでも楽に。そんな、叶うはずもない最後のわがままだった。


 ――その、瞬間。


 僕が手をついていた壁が、ふわり、と温かくなった気がした。


「……え?」


 驚いて目を開けると、信じられない光景が目の前に広がっていた。

 さっきまでゴツゴツしていた壁の木材が、なぜかささくれ一つない滑らかな木肌に変わっている。

 床に積もっていた枯れ葉や埃は、まるで最初からなかったかのように消え去り、代わりに綺麗なフローリングが現れていた。

 見上げると、屋根に空いていた大きな穴も、いつの間にか真新しい木材で完全に塞がれている。


 そして何より、空気が違う。

 さっきまでのカビ臭くて冷たい空気はどこへやら、今はまるで春の陽だまりのような、心地よくて温かい空気が小屋を満たしていた。


「な……なんだ、これ……?」


 何が起きたのか、全く理解できない。

 僕は呆然と、自分の手のひらを見つめた。


(僕が……やったのか……?)


 いや、そんなはずがない。僕のスキルは、何の役にも立たないハズレのはずだ。

 これは夢か幻か。それとも、この小屋が何か特別な仕掛けのある場所だったのか。


(分からない……何も、分からない……)


 けれど、この温もりと、滑らかな壁の感触は、紛れもない現実だ。

 僕は、追放されたはずだった。

 絶望の森で、無力に死ぬはずだった。

 なのに今、僕の目の前には、世界で一番安全で快適そうな場所が広がっている。


 もしかしたら、僕は。

 まだ、死なずに済むのかもしれない。

 そう思った途端、こらえていた涙が、ぽろぽろと頬を伝って零れ落ちた。

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