1969/11/15 (雨天)

 それは、合同会議までちょうど一週間のタイミングだった。


「弟弟さん、お願いがあります」


 云母は僕を書斎に連れて行き、埃っぽい部屋の中で、紙とペンを出せと言った。


「スペインにいる親友に、手紙を書くのを手伝って欲しいのです。彼の所属する団体は、我々のような地球外生命体の研究をしているそうです」

「えー、面倒くさい」

「お願いします。スペイン語は分かりますか? 分からなければ、スペルから教えます」


 こうなると云母は意固地になるので、僕は仕方なく便箋を準備した。


「言っておくけど、僕たちのことに触れたら……」

「大丈夫です。貴方達も、私の親友です。裏切るようなことは致しません」


 それに、と言って、云母は目を上げた。


「そろそろ、私も別の場所に行くのでしょう?」


 見透かすような声色に、僕は内心ドキッとした。


「何で、そう思うの?」

「驚きました? 私、テレパシーが使えるのです」


 額に左手を当てて、云母は「ふふふ」と小さく笑う。どこかに飛ばされる事なんて、ちっとも気にしていませんよ。そう言わんばかりに。


「ねぇ」


 そんな云母の様子を見て、僕は思わず聞いてしまった。


「あんたはさ、自分の星に帰りたいとは思わないの? 地球の人間に、いいように使われてさ」


 そう言った途端、僕の胸に溢れ返ってくるものがあった。


「僕は、故郷に帰ってみたい」


 脳裏に微かに蘇る、懐かしい湿っぽい匂い。

 でも、両親のことは思い出せない。戦後の革命に続く大飢饉で、多くの人が犠牲になった。僕みたいな身寄りのない子どもだって、あちらこちらに溢れかえっていた。

 そんな僕の事を、大哥達が拾ってくれた。だから感謝してる。けれど時々、自分の故郷がどんな所だったか、考えてしまうんだ。


「帰りたくないと言えば、嘘になります。着陸に失敗さえしなければ、今ごろ母なる星へ帰っていたでしょう」


 云母は言った。自分達は初め、スペインのとある地方に墜落したと。その時に人間に捕まってしまい、仲間と散りぢりになってしまったらしい。


「ですが、これも神のお導きと思っています。我々探索隊に与えられた試練だと」

「あんたの星にも、神様っているの?」

「ええ、もちろん。おかしいですか?」


 ……改めて言われると、別におかしくも何ともない気がする。でも宇宙人の神様って、一体どんなのだろう。僕は足が何本も生えたタコみたいなのを想像する。


「では、早速。この国で食べた、美味しいものの話から書きましょう」

「そんなことから書くの?」

「ええ。食は生物にとって最も重要なことですから」


 能天気な宇宙人は、溶けるような笑みを浮かべる。

 面倒くさいけど、もうちょっとだけ付き合ってやるか。僕は初めて、そう思えた。

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你好云母! 中田もな @Nakata-Mona

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