你好云母!

中田もな

1969/5/8 (阴天)

 もう、こんな朝ごはん(早餐)は嫌だ。

 小豆粥をスプーンで掬いながら、僕はため息をつく。

 何故かって? 隣の宇宙人が面倒だからだ。


「本当に、お粥という食べ物は美味しいです」


 宇宙人はそう言いながら、僕にコップを要求する。

 キラキラと輝く、金色の髪。透き通った、青い瞳。陶磁器のような、白い肌。まるで欧米人(男か女かは不明)のような見た目で、甚だ人外とは疑わしい。


「お茶を頂きたいのですが」

「自分で注いでよ」

「意地悪言わないでください」

「全く、もう!」


 コイツは手先や足先といった末端組織が非常に過敏で、自分で物を持つことができないらしい。……ホントかよ、と言いたくなる。

 僕は渋々お茶を注いでやって、仕方なくストローもさしてやって、目の前にドンと置いてやった。


「毎日すみません。ありがとうございます」

「いいから、さっさと食べちゃってよ!」


 あーあ、ムカつく! あと、変に礼儀正しいのもイラつく!


「おう、弟弟。朝から精が出るな」

「やめてくださいよ!」


 こんな介護のような真似、先輩達に揶揄われるしみっともない。僕は腹いせに、熱々の油条を宇宙人の口に突っ込んでやった。


++++


「ウンモ星人、というらしい」


 定期開催のカルテルで、僕たちは初めて宇宙人に会った。パカーン(ソ連系のマフィアのトップ。「パカーン」とは、ロシア語でボスとかそういう意味らしい)の組織が、裏ルートで入手したらしい。


「星人可真是个夸张的名字啊。是想说外星人吗?」

──「星人」とは、大層な名前だな。宇宙人とでも言うつもりか?


 我らがボスの大哥が、いかにも訝しげな様子で言う。大哥は中国語以外は話せない。だから僕が側について、逐一翻訳してあげるのだ。


「さぁな、俺にも分からん。だが、アメリカが血眼になって探しているのは本当だ」


 パカーンは葉巻を吸い始めた。むせ返るような煙が、ただでさえ狭い部屋に充満する。


「だが、コイツに懸賞金が掛かっていることは間違いない。だからいずれ、交渉の切り札として使えると考えた」


 パカーンが肘で小突くと、ソイツはお決まりの挨拶を始めた。


「皆さん、こんにちは。私は探索隊の一員として、イウンマという恒星を公転する、ウンモという星からやって来ました。ご面倒をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」


 流暢な英語を話すので、僕達は驚き、ますます疑った。パカーンの言う事だから、全くの嘘ではないだろうけど……。


「で、だ。それまでお前らに、コイツを預かってもらう」


 パカーンは大哥を指差した。もちろん、引き受けるよな? と、念押ししながら。

 当然彼は、反対、裏切り、その他一切を受け付けていない。この前横領を働いたヤツは、地の果てまで追いかけ回されて、最も残酷な方法で殺されたと聞いた。


「またあの中国人だぜ」

「いいだろ、面倒事を押し付けるにはピッタリだ」


 奥の方で、ニヤついた笑いが起きる。ヨーロッパ人が、バカにしやがって。


「他在说什么?(何て言っている?)」


 会話のテンポがズレている大哥の横で、僕は静かに唇を噛む。こうして、いつも悔しい気持ちを抱えながら、合同会議は終わるのだ。


「大哥、いいんですか。絶対、いいように使われてるだけですって」

「まぁ、いいじゃないか。コイツのお守りが立派にできたら、パカーンに認められるかもしれないしな」


 大哥の言う通り、僕たちの組は出来たばかりだし、年齢層もかなり若い。だからパカーン達に恩を売ることも必要だ。

 でもそれにしたって、大哥は楽観的すぎる。彼らの悪意にだって、気づいているはずなのに。


「で、コイツの名前は何だったか?」

「ウンモです」

「UMMO……? なんかダサいな、云母でいいか」


 大哥の鶴の一声で、宇宙人は発音をそのまま訳して、「云母」と呼ばれるようになった。

 そして英語がすぐに分かるからという理由で、僕は云母の世話役に任命されてしまうのだった。

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