レスト・イン・ピース
スケアクロウ
第1話
浜辺に座る男の姿が目に入った。間違いない、あの後ろ姿は力也だ。一体何年ぶりだろうか、最後に奴に会ったのも、この海だった。こんなことにでもならなきゃ、力也と再会する事はなかっただろう。それでよかったんだ。表で生きる人間は、俺と関わるべきじゃない。
決して穏やかとは言えない海軟風が、俺の長袖のシャツをなびかせている。夕凪までには話を済ませるつもりだ。
俺は気配を消し、奴の背後に近づいて行く。小型のオートマチックを握る右手に意識が集中する。こいつには随分と世話になった。俺の肉体の一部だ。
背後まで来た俺に、力也は気付いていない。当たり前だ。「仏」に気付かれないための訓練をどれほどした事か。
俺は、挨拶代わりに力也の後頭部にオートマチックを突き付けた。
「待たせた」
と俺は一言発したが、力也の反応はない。
「おもちゃだと思うか?」
「撃てよ」
力也らしい反応だ。覚悟が伝わって来る。
「カチッ」と俺は、撃鉄を引いた。
「・・・・・」
「・・・・・」
俺は、右手を下ろした。力也の呼吸が乱れる事は、一切なかった。
「相変わらず気合い入ってんな」
と俺は投げ捨てると、マガジンをオートマに装着し、浜辺を歩き始めた。こいつはボクサーになって本当に良かった。心からそう感じた。
浜辺を力也と歩いていると、ガキの頃を思い出した。この砂浜も、目の前に見えるテトラポットも、よくこいつと訪れたものだ。あの頃は本当にヤバかった。俺もこいつも手のつけられない不良で、何人半殺しにしたかわからない。冗談ではなく、二十歳まで生きるとは思わなかった。だが、運良く力也はボクシングと出会った。やがてはプロボクサーとなり、更正した。さっきからしけた面をしているのが少し気になるが。
俺はと言えば・・・寿命が10年ちょい延びた程度か。そのまま裏の社会にどっぷりと浸かる道を選んだ。
「ボクシングはどうなんだよ?」
俺は、俺のほんの少し後ろを歩く力也に質問した。
「散々だよ」
としけた面の力也が答えた。
「死んでんだよな、面が」
「・・・」
「30過ぎってのはあれか、ボクサーとしは限界なのか?」
「いや」
相変わらず口数の少ねぇやつだ。
「サトミちゃんとはまだ付き合ってるのか?」
「ああ」
「そうか、安心したよ。サトミちゃんのお陰だな」
それは本当だ。ボクシングのお陰もあるだろうが、手のつけられないこいつを、よくもここまで支えたものだ。見捨てられて当然のような人間を。
「メイは元気か?」
と力也が話題を逸らすように俺に尋ねた。
「ああ。もうこんな大きくなったよ。14か」
と俺はジェスチャーを交え答えた。グッドタイミングだ。
「その事なんだよ・・」
と俺が立ち止まると、力也も立ち止まった。
「メイを預かってほしい」
力也は何も答えない。俺は方向転換し、再び歩き出した。力也がのそのそとついてくる。
メイは俺の子じゃない。メイの父親は、俺らの先輩にあたり、俺と力也はかわいがってもらってた。だがある日、とある組織によって惨殺された。メイの母親と共に。一人残されたメイは、俺が養女として面倒を見る事になった。そして俺は、先輩を殺った組織の人間を片っ端からぶち殺した。それが俺の殺しのルーツだ。それ以来、俺とメイは国内を転々としている。同じ場所に長く留まる事はできない。この世界の常識だ。メイは可哀想な奴だ。友達ができてもすぐにお引っ越し、あいつはいつも独りぼっちだ。それに加え・・
「どうにかならないのか?」
テトラポットに佇む力也が口を開いた。
「ならんな」
とテトラポットに腰を下ろす俺は答えた。どうにかなるほど、甘くはない。
「そんな事より、メイを頼んだぞ」
「わかった」
「すまんな。金は直ぐに振り込む。それでしばらくは暮らせるはずだ」
と俺は立ち上がると、力也に近づいた。
「一つ言ってなかった事がある。メイはいずれ目が見えなくなる。若年性の網膜色素なんちゃらとか言う病気で、既に発症してる。もう視野が大分狭まって来ててな、真横に立つ人間が見えないんだ。あの歳で発症するのは奇跡の確率らしいぞ」
「治らないのか?」
「治らない」
「・・・」
「全く、ついてねぇよな、あいつも」
勢いを失った海風が力也と俺の間を吹き抜けた。じきにこの風はおさまり、夜になれば陸風が大海へと吸い込まれて行く。
俺も吸い込んでくれ。最後はこの場所で終わりたい。
「行くわ」
と俺は力也に背を向け歩き出した。
「ライト」
と力也が俺の名を呼んだ。俺は振り返る。
「怖くないのか?」
「・・・力也、リングに上がる前ってどんな気分だ?」
「・・・・・」
「俺も所詮は人間だよ。だが、俺は多くの人間を殺した。人を殺すってのは、殺されるって事だ」
「・・・・・」
「奴らは奈落の底まで追って来るよ。覚悟はある」
「・・・・・」
「メイを頼んだ。あいつはずっと独りぼっちなんだ。今のお前と似てる」
俺は踵を返し歩き出した。海風が俺の背中を押す。もう振り返らない。力也、ありがとうな。人間、死ぬ時は独りなんだ。
レスト・イン・ピース スケアクロウ @J69
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