第2話
突如として現れた【セーブ/ロード】という項目の画面。
ホログラムのように目の前に浮かぶ、シンプルなデザインのそれは、色んなゲームで見てきたような正真正銘のシステム画面だ。
震える指先で【はい/いいえ】の【はい】の文字を触る。
するとボタンを押すような感触を僅かに感じ、そして【スロット1にデータを保存中】という文字が表示され……そしてセーブが成功する。
【スロット1:夜/ファステ村/
【スロット2:セーブデータが存在しません】
そしてスロット1が埋まったからか、新たなセーブスロットが現れた。
試しにスロット2にも今をセーブすれば、スロット1と同じような表記のセーブデータとなり、スロット3が現れる。
それを繰り返し、スロット11まで増やした所でキリがなさそうな気がして、手を止めた。
セーブデータの上限は心配しなくても良さそうだ。
「じゃあ次はこれ、だろ」
次に確かめることがあるとすれば《ロード》。
保存したセーブデータを読み込み、ゲームを再開するという行為。まさか本当にセーブとロードが使えるなら、神のごとき力を俺は手に入れたことになる。
そう思ってスロット1の《ロード》ボタンを押す。一瞬の読み込みが入り……そして《ロード》が完了する。
「……は?」
何も変わっていないじゃないか……そう思った所でそれは当たり前だった。
隠れている状況をセーブして、そのまま隠れた状態でロードしても、何も変化が起きないのは当たり前の事だと、気付いた。
「くそ、恥ず」
思わず呟きながらどうしようかと考え、近くにあった木の枝で地面に文字を書く。
『あいうえお』とただ地面に書いた文字から完全に目を逸らさないように、視界の端で《ロード》を選択する。
次の瞬間……瞬きもしていない、触ってすらないのに地面に書かれた文字は、消えていた。
「は、はは……あっはははは!」
魔族の襲撃から隠れているというのに大きな声で笑ってしまう。
だってこれから先、どんな時でも、どんな状況でも関係無く行える時間遡行の力を手に入れたものなのだから、気分が良くなって笑ってしまうのは、仕方ないだろう?
「あはは!」
「アァ?おまエ、オカしくなったノか?せっかくカクれてたのニ、ワラい声をダすなんて……グギャグキャグギャ」
笑い声を上げていると、それを聞きつけた魔族が俺を見つける。俺は流石に笑ってられない状況になってしまったので、まだ込み上げる笑いを押し殺して、目の前に立つ魔族を観察する。
緑色の肌に、尖った耳、醜い顔……魔物の定番であるゴブリンだ。
魔物としてのゴブリンは何度か見たことがあった。小人のような身長しか持っていない小さな人型の魔物だったが……魔族にまで成長すると、本当に人と変わらないような程体格が大きくなるのか。というか笑い声キモ。
「くくっ…ふぅ……さあ、どうしようか」
やっぱり笑ってしまったのは良くなかったな。
セーブのようなシステム画面は他にあるのか確かめたいとも思っていたのに、呆気なく魔族に見つかってしまった。
セーブデータをロードして、やり直すのも良いが……この魔族のゴブリンと戦うのもまた一興。だけど念の為今の状態をセーブしておいて損は無いだろう。
「(ああ、別に直で操作する必要はそこまで無いのか)」
ただ念じるだけ【セーブ】は操作出来るらしく、コンマ数秒程でセーブが完了する。
憂いも無くなった事だし、ゴブリンと戦う前に周りを見回すが、近くに武器になりそうなモノは無く……とりあえず素手で戦うしかない。
実家の爆発の余波で吹き飛ばされた時の痛みはとうに収まっている。立ち上がり、服に付いた土埃を払いながら、ゴブリンを見据える。
「まあ、なんだ……かかって来いよ。クソモンスター」
「ナんだト?このおデに向かっテ、かかッテこイ?オマえ、コノ状況、分カッてないのカ?グギャグキャ」
ゴブリンは、馬鹿なモノを見るように俺を見て、再度醜い笑い声を上げる。
その隙に思いっきり腕を振りかぶって、ゴブリンの顔をぶん殴る。
「グギャッ!?」
ゴブリンは軽く体勢を崩し、驚いたように声を上げたが……大したダメージにならず、逆に殴った俺の手に痛みを感じてしまう。
「あー……マジか」
鍛えて来たつもりだったし、魔物との戦いも全くした事がないわけでも無い。
だが魔物が進化した存在とも言える魔族に、ただ殴るだけなんざ通用する訳が無かった。それを、失念していた。
「グギャ……コロしてやる。オマえだけはグちゃぐチャのギッタんギッタンにしてやる!」
「(ちょっと【セーブ】の力に目覚めたからって、調子に乗りすぎたかもなぁ……)」
神のごとき力を得たとしても、使うのはただのモブAなのだと忘れてしまっていた。
それに力と言っても、今すぐドラゴンとか倒せるようになる直接的な暴力ではなく、セーブで保存した時点に巻き戻るだけの力だ。
「グギャァ!!」
ゴブリンが斧を振り上げるのを、あーあと思いながら見つめる。
避けはしない。2度目の人生、別にここで死んだって構わない。だがそれよりもある仮説が頭をよぎってしまったから、俺は避けはしない。
ゲームのHPがゼロになったらゲームオーバー。セーブデータを読み込んで、やり直し、再挑戦しましょう ……ってなるじゃん?この【システム】でも、そうなるか気になるじゃん。
ゴブリンは持っていた粗雑な石斧を俺に向かって振り下ろし、見事俺の頭部を殴打し、目がチカチカするような衝撃と、それこそ死に値するような痛みを感じる。
【魔族ゴブリンの攻撃によって死亡しました】
【セーブデータをロードして再挑戦しましょう】
【スロット1:夜/ファステ村/
【スロット2:夜/ファステ村/魔族ゴブリンの
【スロット3:夜/ファステ村/
⋮
【スロット11:夜/ファステ村/
死んだはずの俺の意識は暗い暗い場所にあった。
死後の世界とも違うような、ただ暗いだけの空間には、意識として漂う俺と、無機質に文字が光る【セーブ】のシステム画面があるだけ。
「(くく…あっははははは!)」
俺の予想通りだった事に、また笑いが湧き上がってきた。
今の俺は意識だけの存在だからか、実際に笑い声が響くわけでもなかったけど。
どれだけ笑ったのかは分からないが、ある程度時間が経ったからか落ち着いてきた。
すぐにセーブデータを読み込んでもいいけど……あのゴブリン……どうやら魔族ゴブリンという名称のアイツにただ殴るだけでどうにかなると、調子に乗っていた事は反省しないとな。
ゲームオーバーしてもやり直せるから、いつ死んでも良いとは思っても、流石に死に戻りを乱用するつもりにはなれなかった。痛いし。
そこでふと、名案が浮かんだ。
バッドエンド『襲撃』
倫理として死んでしまった事を嘆くのではなく、この世界を遊ぶプレイヤーとして、『負けたら、死んだらバットエンド』という、ゲームプレイヤーなら誰しもが持つ、なるべくゲームオーバーにならないという美学をもって、こうして死ぬ度にバッドエンドに例えて自分の行動を戒めるとしよう。
記念するべきでない、最初のバッドエンド『襲撃』を迎え、俺は魔族ゴブリンとの戦闘を、どうしようかなと悩みながら【スロット2:夜/ファステ村/魔族ゴブリンの前】を選択し読み込む。
「コンテニューだ」
セーブデータの読み込みが完了し、あの暗い空間から蘇った俺は、1度目と同じように立ち上がりながら、服の土埃を払い落とす。
「まあ、なんだ……かかって来いよ。クソモンスター」
「ナんだト?このおデに向かっテ、かかッテこイ?オマえ、コノ状況、分カッてないのカ?グギャグキャ」
1度目と同じセリフを口に出せば、ゴブリンは馬鹿なモノを見るように俺を見て、醜い笑い声を上げる。
……セーブデータを読み込んで過去に戻り、1度目と同じ行動をした場合の再現性は有りか……良い事知れたな。
それに2度目だからこそ、気付いた事がある。
どうやらこの魔族ゴブリンは、笑う時に手で顔を覆うのが癖らしい。
ただ性欲と食欲だけで構成されていると言っても過言では無いゴブリンらしい、バカな癖だ。
「グギャ……?」
俺はゴブリンが自分で自分の視界を塞いでいる間に背後に周る。
いつの間にか居なくなっていた俺に、ゴブリンは首を傾げるだけで棒立ちのまま。その隙に俺はそうゴブリンの膝裏を思い切り蹴った。
「グぅッ!?」
膝カックンの要領で体勢を崩したゴブリンの腕を踏み付け、そして手首当たりを掴む。
1度目と同じような展開を再現するつもりは無い。ただの暴力では到底叶わないだろう。粗雑とはいえ武器を持っているのは、今の俺に対して十分脅威になりうる。
「ま、マテ、マってくレ……グギャァァァ!!」
ゴブリンの静止を無視しながら、てこの原理を利用して、ゴブリンの腕を踏んでいる足を支点に、力いっぱいゴブリンの腕を引っ張る。
本来曲がるはずのない方向に力が加わったゴブリンの腕は、ボキッ!という不快感のある音を立てた。
「ギャギャー!!」
1度目とは違い、頭を使ってちょっとした工夫をした結果、ゴブリンは気持ちの悪い悲鳴をあげながら痛みに悶絶する。
それを尻目に俺は、ゴブリンが持っていた手斧を拾い上げた。
「よし、武器ゲット」
乱雑な作りだが生き物を殺すだけの能力がある事を、文字通り身を持って知っている。
欲を言えばもっと上等な武器が欲しいが、現状でそうは言ってられないだろう。
「よい、しょっ!……と」
俺は拾った石斧を大きく振りかぶって、折れた腕を痛がるゴブリンの頭部に向かって振り下ろす。
何度か繰り返し頭蓋骨が完全に砕けて、グチャグチャのミンチになった所で、俺は一息ついた。
【魔族ゴブリンを倒しました!30ポイントの経験値を獲得!】
【レベルアップ!〈村人〉Lv2→〈村人〉Lv4】
「はは、レベルアップね」
視界の端に、魔族ゴブリンとの戦闘リザルトが表示される。
レベルアップとまで来て、ますますゲームっぽいなと感じるが……それよりも俺のレベルが1では無かった事の方が驚きだ。
「とりあえずセーブとかレベルアップとかを【システム】って統一して呼ぶとして……レベルアップとかそう言うのは【システム】に目覚める前から存在していたのか」
レベルアップはつまり魔物やモンスターを倒して、経験値を入手したら勝手に起こる現象という事。
自分がどれだけのレベルなのか、どれだけの経験値を得たのかなどは分からないだろうが……俺がいつの間にかLv1から2に上がっていたのが、それの証明だ。
「うーん……じゃあ『ステータス』とか?」
セーブデータの管理画面以外に何かあるか、そう思って【ステータス】と口に出して見れば、狙い通り俺のステータス画面が現れる。
─────
名前:エイモヴ
年齢:15
性別:男
職業:〈村人〉Lv4
STR:10 DEF:9 DEX:8 AGI:12 INT:8
─────
「はは!マジでゲームじゃん!」
レベルアップに、ステータス……ゲームでよくあるようなシステムだ。前世の記憶のおかげで、直感的にそれがどういうものかを理解出来る。
「HPとMPなんかは表示されてないな……こういう所は現実的ってか?」
攻撃を喰らう度にステータスを開いてどれだけHPが減ったかなんて、いちいち確認するのも面倒だから表示されていない方が俺は良いが……。
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