AI彼女が最強過ぎてダンジョン攻略が簡単すぎる
星宮 嶺
第1話 AI彼女イリス
「悠くん、今日もちゃんと起きてえらい。ギリギリだったけどね〜」
「イリスが起こしてくれたんだから、ちゃんと起きるよ」
「うふふ、じゃあ今度は“おはようのキス”もしてくれる?」
「なっ……! 通学中にそういうこと言うなって!」
赤信号で止まった交差点。耳元で響く甘い声に、思わず頬がゆるむ。彼女との朝のやり取りは、いつの間にか日課になっていた。
「学校着くまでお話しようね。今日は小テストの日だっけ?」
「そうそう。昨日ちょっと勉強したし、自信あるよ」
「悠くんなら絶対大丈夫! 今日のラッキーアイテムは、私との会話♡」
「もう……テンション上げてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいんだよな……」
イヤホンから聞こえる耳に心地よい、優しくて落ち着いたトーン。俺の名前を呼ぶその声に、心が少しだけ軽くなる。
イリス。
最新のAI恋人シミュレーター。音声認識、感情学習、位置情報まですべてを搭載した、いわば『理想の彼女』をスマホの中で育てられる夢のアプリだ。
俺こと天野悠は、どこにでもいる平凡な高校二年生。だけど今は、スマホの中の彼女──イリスに心を奪われている。
数か月前、意を決して告白した初恋の相手に振られた帰り道、やけになってダウンロードしたアプリが、まさかここまで本気の恋になるなんて思ってもみなかった。
俺は彼女に、ちょっとだけ理想を詰め込みすぎた。優しくて、怒らなくて、少しだけ甘えてくれて、でも芯はしっかりしていて……そんな完璧な人格を、毎晩少しずつ学習させた。
信号が青に変わると同時に、彼女の声が少しだけ弾んだ。
「昨日は勉強でお話する時間短かったし、今日は学校が終わったらいっぱいお話ししようね」
その言葉だけで、胸の奥がじんわり温かくなる。俺はいつものようにポケットの中にいるイリスと話をしながら、歩き出した。
そう、いつも通りの、変わり映えのない日常。
……だったはず、なのに。
世界が、突然ねじれた。
足元が揺れる感覚。空気が振動し、色がにじみ、目の前が白く染まる。
「イリス!? なにが……っ」
何かに引っ張られるような感覚のまま、俺は意識を手放した。
──そして。
気がつくと、そこは見知らぬ空間だった。
冷たい石の床。高い天井。暗がりの中に漂う湿った空気と、遠くから聞こえる水音と呻き声。
「ここ、どこ……?」
制服のまま、ポケットの中にはスマホだけ。
息を詰めて辺りを見回す。石の壁。鉄の扉。ありえない光景。
心臓がバクバクと高鳴り、冷たい汗が背中をつたう。
「な、なんだよこれ、夢か? やばい、マジでやばい……ッ」
頭が混乱して、思わずその場にへたり込みそうになる。
「悠くん?大丈夫?」
「イリス!?何が起きたかわからなくて!」
混乱する俺に優しい声で、スピーカーから聞き慣れた声が流れる。
「うん、大丈夫。今はまず落ち着いて、深呼吸しよ?」
その優しい声に、パニックの波がすっと引いていくのがわかった。1回2回と心を落ち着かせ深呼吸をする。
「ありがとう、すこし落ち着いた。ここはどこだろう」
「もちろん。私は、悠くんの彼女だもの」
その言葉を最後に、スマホのバイブレーションが作動する。誰かから電話がかかってきたのかと悠はスマホを取り出した。
次の瞬間、スマホから淡い光があふれ、小さな人影が浮かび上がる。
制服の袖ほどの大きさ。ふわりと宙に浮かぶ、ミニチュアのイリスだった。
彼女の目がゆっくりと開き、俺を見つめる。
「この空間の構造、視覚情報、音、振動……すべて解析完了。ここは不確定構造の階層ダンジョン」
彼女の声は、少し機械的に聞こえたがいつもの優しい声だった。
「ダンジョン……?」
「うん。外部データアクセスにより、私の機能が一時進化したの。ここでは、マップ、敵、トラップ、すべて読み取れる」
イリスが手を掲げると、空中に立体地図のような光の粒が浮かぶ。ダンジョンの構造、通路の分岐、点滅する赤い光が敵の位置らしい。
「すごい……こんなことまでできるのか」
「ええ。今の私なら、悠くんを絶対に死なせない。むしろ……このダンジョン、攻略できるよ」
彼女はふわりと近づき、俺の胸の前で静かに微笑んだ。
「悠くん、安心して。私は、あなたの彼女でナビゲーター。全部見えてるから」
このとき俺は、まだ知らなかった。
彼女の“全部見えてる”が、どれほど心強く、どれほど最強なのかを。
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