第18話

番外編「もう一度、君の名前を呼ばせてください」



📖 side:Rin(プロポーズ当日の夜)


 


 仕事帰りの駅前。

 いつもの帰り道なのに、今日の奏は少しだけ様子が違っていた。


 


 「今日さ、寄り道してもいい?」


 


 そう言って連れてこられたのは、見晴らしのいい公園の展望台。

 私たちが、まだ高校生だったころ、何度も歩いた場所だった。


 


 「懐かしい……ね」

 「うん。もう何年ぶりだろうな、ここ」


 


 風が冷たくて、でも夜景はすごく綺麗で。

 その隣に奏がいることが、何より温かかった。


 


 しばらく無言で景色を眺めていたけど、

 奏が、ポケットから小さな箱を取り出したとき――私は息をのんだ。


 


 「……凛」


 


 その呼び方だけで、胸がぎゅっとなった。

 それは、私が世界でいちばん好きな“音”だったから。


 


 「高校のとき、一度だけ君を失った世界を俺は知ってる。

  あのとき、もう一度会えたら、何を伝えたいかずっと考えてた」


 


 彼の声が、少し震えていた。


 


 「そして今、こうして君と同じ時間を生きてる。

  それだけで、毎日がご褒美みたいなんだ」


 


 そして、奏はひざをついた。


 


 「だから――凛。

  これから先、毎年の桜も、夏の夕立も、冬の手袋も、

  全部、君の隣で過ごさせてください」


 


 「もう一度、君の名前を、

  一生かけて呼ばせてください」


 


 涙が止まらなかった。


 あの春、名前で呼ばれた日のことが、まるで昨日のように蘇った。


 


 私は、小さくうなずいた。


 


 「……はい。呼んで、これからもずっと」


 


 指に通された指輪は、眩しいくらいきれいだったけど、

 それよりも、彼の手の温もりが一番きれいだった。



🌸 そして今――


 


 リビングの本棚に、小さなリングケースが飾ってある。

 プロポーズの夜、奏が最後に言った言葉が、今も耳に残ってる。


 


「奇跡なんかじゃないよ。

君を好きになって、守ろうって決めた“あの日”から全部、選んできた未来だから」


 


 私はその箱を見ながら、ふっと微笑む。


 


 (この未来を、選んでくれてありがとう)

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君に、もう一度会いたくて。 @ino1972jp

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