第17話「この未来を、選んでよかったと思えるように」



📖 side:Rin「私が“選んだ未来”を、好きになっていく」


 


 週が明けて、日常が戻ってくる。

 教室のざわめきも、朝の廊下の匂いも、いつもと変わらない。


 


 だけど、私は今、もう迷っていない。


 だって、私の手の中には、奏がくれた“あたたかさ”が残ってるから。


 


 (この未来は、誰かに与えられた奇跡なんかじゃない)

 (自分で選んだ道だって、ちゃんと胸を張って言える)


 


 放課後、奏と一緒に歩く帰り道。

 ふと、彼の手が私の指にそっと触れる。


 


 「……寒くなってきたね」


 


 「うん。でも、手袋いらないかも」

 そう言って、私は彼の指に自分の指を絡めた。


 


 「……今日はさ、寄り道してもいい?」


 


 「もちろん」


 


 特別なことをするわけじゃない。

 ただ、同じ景色を見て、同じ会話をして。

 そのすべてを、愛おしいと感じられる“未来”を生きている。



☁ 凛の独白(手紙のようなモノローグ)


 


 あの日、

 私はふたりの手のひらに包まれていた。


 ひとつは、過去の痛みと向き合ってくれた手。

 もうひとつは、私の現在をそっと包んでくれた手。


 


 そして私は――自分の意志で、選んだ。


 


 後悔なんてない。


 もしまた時間が巻き戻っても、

 たぶん私は、何度でもこの未来を選ぶ。


 


 だって、奏の声が、

 私の“いちばん最初の記憶”であり、“いちばん最後の希望”だったから。


 


 その声が、私の心にずっと響いていたから――


 


 「君に、もう一度会いたくて。」


 


 それはきっと、

 奏の心が、世界を動かしたんだ。


 季節は春に戻り、また桜が咲きはじめていた。


 


 「1年前、ここで私たち、まだ友達だったね」

 「うん。でも、今は違う」


 


 奏がそう言って、私をまっすぐ見つめる。


 


 「凛」

 「……なに?」


 


 「来年も、再来年も、こうして桜の下で名前を呼びたい」

 「うん。……ずっと呼んで」

 「じゃあ、俺も、ずっと呼ぶよ」


 


 手を握る。

 微笑み合う。

 何も特別じゃないけれど、これが、奇跡よりも確かな未来。


 


 私は、もう迷わない。


 


 この未来を――

 選んでよかったって、心から言えるから。


📖 side:Kanade(30歳)


 


 休日の昼下がり。

 都内の公園は、春の陽射しでほどよくあたたかい。


 


 ベンチに腰を下ろして、本を読みながら待っていると、

 彼女の笑い声が遠くから聞こえてきた。


 


 「……待った?」


 


 そう言いながら駆け寄ってきたのは、今も変わらず“橘凛”という名前の女性だった。


 


 「待ってないよ。ちょうど読み切ったとこ」

 「ほんと? じゃあご褒美に、これ」


 


 凛が渡してきたのは、ホットコーヒーと、チョコレートがひとつ。

 こんな何気ないやり取りが、

 10年経っても変わらないことが、なにより嬉しかった。



☕ ふたりの会話


 


 「ねえ、覚えてる? あの桜の木」

 「……うん。名前で呼び合った日でしょ?」


 


 「懐かしいよね。

  あのとき“この先の未来もずっと隣にいて”って言った奏が、

  ほんとに隣にいてくれるなんて」


 


 「俺のほうこそ。……凛が隣にいてくれて、ありがとう」


 


 桜は今年も咲いていた。

 だけど、少しずつ花の色が変わったように思えた。


 


 それは、ふたりが“あの頃”とは違う未来を歩んできた証かもしれない。



🏠 帰り道、ふたりのマンションの玄関で


 


 「奏、鍵閉めた?」

 「閉めた。……あ、でも郵便受けに何か届いてた」


 


 凛が取り出したのは、小さな封筒。


 


 ――差出人は「神谷 蓮」。


 


 開けると、便箋には短いメッセージだけが書かれていた。


『春が来るたび、君たちの未来が静かに咲き続けることを、心から願ってる。

今も、少しだけ羨ましいと思ってるよ。』


 


 ふたりで読み終えたあと、静かに笑い合った。


 


 「優しいな、神谷くん」

 「うん。きっと、今もどこかで誰かを支えてるんだろうな」


 凛が立ち止まり、ふと後ろを振り返った。


 


 「ねえ、奏」

 「ん?」


 


 「“君に、もう一度会いたくて”って、

  あのときの気持ち、……まだ覚えてる?」


 


 「もちろん。今でも、ずっと思ってるよ」


 


 「私も。……毎年、こうやって桜を見るたび、あの春を思い出す」

 「だったらさ――来年も、ここで」


 


 「うん。また、名前で呼んで」


 


 「……凛」


 


 彼女は笑って、僕の腕に寄りかかった。

 10年前より少し細くなった肩を、優しく抱き寄せる。


 


 この未来は、奇跡じゃない。

 選んで、守って、歩いてきた結果だ。


 


 そして明日もまた――

 ふたりで生きていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る