第9話「未来を知る者たち」


 金曜日の夜。

 ひとり部屋に戻って、ベッドに寝転んでも、頭の中はぐるぐると回り続けていた。


 


 (神谷――あいつも、“戻ってきた”)


 


 俺だけが特別なんじゃなかった。

 彼もまた、過去に“凛の死”か、“喪失”か、何かしらの悲劇を見ていたんだろう。


 


 そうでなきゃ、あんな風に彼女のことを見ない。

 あんな風に、気づかないはずがない。


 


 ――この世界には、未来を知ってる人間がもう一人いる。


 


 それは、味方かもしれないし、敵かもしれない。

 少なくとも、凛を守りたいという意志は“同じ方向”を向いている。

 けれど、“守り方”が同じとは限らない。


 


 彼は言った。


「俺が救いたいのは、“今”の彼女だ」


 


 その言葉の裏にあるのは、たぶん――

 “未来の記憶に縛られるお前とは違う”という、皮肉。


 


 (……たしかに、俺は未来を基準に考えてた)

 (凛があの冬に倒れて、転校して、姿を消す――その流れを変えようと動いてた)


 


 でも、今の凛は、確かに笑ってる。

 少しずつ体調も良くなってる。

 彼女の手は、もう、ちゃんと体温があって――


 


 (……それでも、怖い)


 


 俺は、怖いんだ。

 もう一度失うのが。

 未来を知らない“新しい凛”が、どこかへ行ってしまうことが。


 


 そんなとき、スマホが震えた。


【明日、少し話せる?】

【放課後、教室で待ってる】


 


 送り主は、凛だった。


 


 土曜日の放課後。

 俺は、指定された教室に一番乗りで入った。

 空っぽの教室。夕陽。黒板のチョークの匂い。


 


 数分後、凛が静かに入ってきた。


 


 「……最近、奏、変わったよね」


 その言葉に、思わず息をのむ。


 


 「前よりやさしいし、気づきすぎるし。……ちょっと怖いくらい」

 「……ごめん」


 「でも、うれしいの。たぶん。……守ってくれてるって、わかるから」


 


 凛は小さく笑って、机に手をついた。


 


 「神谷くんもね、すごく似てるの。

 “あの子も何か知ってる”って、直感で思った。

 でも――奏の目のほうが、ずっと深いの。

 ……なんで? 私、何を知らないの?」


 


 このまま隠していいのか、わからなかった。


 でも、言えるはずがない。

 **「一度君を失った世界を、俺は知ってる」**なんて、簡単に言える言葉じゃなかった。


 


 「……守りたいんだ、凛を。

 それだけは本当なんだ」


 


 そう答えると、彼女は少し寂しそうに笑った。


 


 「ねえ、奏。もし、私が“何か”を忘れてても……それでも、そばにいてくれる?」


 


 「もちろん」


 


 「じゃあ、もし――奏が“思い出したくないこと”を知ってたら?」


 


 (え?)


 


 「ごめん。なんでもない」

 凛は、そう言って笑った。


 


 でも、その笑顔の奥には――

 俺が知らない“何か”が、確かにあった。

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