魔法少女の隣にいる私

くうはく

第1話 魔法少女と私

 七年前のあの日、私は後悔している。

 

 それは、自身の武術に対する自信をつける為、空手の大会に出た。


 しかし、それは間違いだった。


 私は自分の力を勘違いしていた。


 私の力は通用するだろう。


 私の武術は大会でも優勝するぐらいの力なんじゃないかって。


 それは間違いではなかった。


 通用したし、優勝するぐらいの力はあった。


 でも、それは、表の世界では通用しなかった。


 初戦、拳を突き出した私は、目の前の光景に震えて、その場にへたり込んだ。


 寸止めした拳は、衝撃波を繰り出し、目の前の少女を吹き飛ばしてしまい。その少女は壁に激突し血反吐を吐いた。


 そう、私は。


 人智を超えた力を手にしてしまったのだった。


 その日以来、私こと『十 葉荼芽もぎき はため』は人と関わることをやめた。


 ────


 リベリア女子高等学校。


 それが私の通う学校の名前、なぜ学校名が横文字なんだとツッコミを入れたくなるが、それが私の通う学校の名前。


 うん、なんか間違えたような気もする。


 家から近かったので、何となくで選んだ学校だったのだが、まあ県内でも有数の進学校だったらしく、有名大学へ何人も排出しているらしい。


 自身の通う学校だというのに、その辺りに興味がなく、よくわかっていない。


 入学試験が難しかったけど、中学時代三年間ずっと、勉強と武術の鍛錬しかしてこなかった私には全く問題なかった。


 そして一年間、誰とも関わらず過ごし、何とか二年生に進級したのだが、なぜか周りからの視線が痛い。


 私の自意識過剰ならいいのだけれど、廊下を歩いてる時とか、四六時中視線が付き纏って、私を遠巻きにヒソヒソと声が聞こえる。


 イジメとかではない。だってこの一年間、机に落書きされたり、トイレ中頭から水を被せられるなんて、分かりやすいのは無かったし。


 しかし、居心地が悪すぎてどうにかなってしまいそうだ。


 遠巻きに見てくる子に、何で見てくるの? って聞きたいけど、ずっと人と喋ってない根暗にそんな芸当など出来るはずもなく、今日も辟易としながら過ごす。


 何だろう、私は怖いのだろうか。凹む。


 しかし、これから放課後だ。


 さっさと家に帰って、稽古をしよう。体を動かせばこのモヤモヤも吹っ飛ぶはずだ。


 そして、下駄箱に手をかけた時、バサバサと何十枚も謎の手紙が落ちてきた。


 前言撤回、イジメだこれ。凹む。


 ────


 下駄箱に入っていた手紙は呪いの類とかだったら嫌だったので、焼却炉に持って行って、用務員さんにお願いしてお焚き上げしてもらった。


 持って行った時に用務員さんが、引き攣った顔をしていたけど、私には関係ない。


 だって怖いし。


 そして、いつも通りに帰路についている時だった。



 帰り道の廃工場に差し掛かった時の事だった。


 人通りも少なく、車も滅多に通らない場所なのだが、やけに騒がしい。



 ガァンという音や、何かがぶつかり合っている、激しい音が聞こえる、


 遂に取り壊しになったのかと、思っていたがどうやらそうではないらしい。


 工場内から声が聞こえた。


「絶対に負けないんだから!!」


「クク、ここが年貢の納め時だ! 魔法少女よ!」



 なんか、中二病全開の声が聞こえた気がする。


 え? 魔法少女? 何言ってんの? 


 子供が工場内でごっこ遊びでもしているのかとも思ったけど、それでこんな何かが壊れるような音がするか? 



 そこでやめとけば良かったのだ。


 好奇心に駆られ、私は工場へ足を踏み入れる。


 足音を出さずに、音の出所の方まで行ってみると、そこには奇妙な光景が広がっていた。


「ぐっ! まだまだぁ!!」


「チィ! なかなかやるな!!」


 ピンクのフリフリの可愛い衣装を着た幼女が、ボンテージ姿の際どいコスプレをしている女と戦っていた。


 やばい。


 これはやばい。


 幼女の方はまだいい。遠目で見てもすごく可愛いし、ちっちゃい身体で宙に浮いて、額に汗を流して一生懸命頑張っている。


 うん、髪もピンク色のツインテールで、ロリロリである。最高。


 問題はボンテージ姿で恍惚とした表情を浮かべながら鞭を振るっている女の方だ。


 痴女である。


 布面積が少ない黒色のボンテージ、胸に至ってはどうやって張り付いてんだってぐらい大事なところは隠しているが、その豊満な胸をぶるんぶるん震わせている。


 それにしても、デカい尻をフリフリしながら鞭を振るうのはやめてほしい。


 魔法少女の敵なんだったら、もうちょっとお子様にも目に優しい姿で来て欲しいです。


 しかし、ピンクの幼女の手に持っている杖から、これまたピンク色のビームを出しながら戦っている。


 私はあまりの光景に口を半開きにしながら、頬を捻る。


 痛い、夢じゃないようだ。


 嘘だろおい。


 な、何だこれは。


 私は多少、サブカル方面への知識もあるし、飲み込むのは早い方だが、現実でこんなの見せられると困惑してしまう。


 ま、まずい、ここから一刻も早く離れないと……! 


 私の、誰とも関わらずに静かに過ごすという目標が、トンチキワールドで破壊されてしまう……! 


「ククク、胸もショボければ、技もショボい、ショボいぞ! 魔法少女!」


「……! 胸は関係ないでしょ!」


 その通りである。黙ってろ変態女。


 私は、とにかくその場から離れようと、急いで踵を返す。


 しかし、そんな時に限って滅多にしないミスをしてしまった。


 足元に鉄パイプが転がっており、それを蹴ってしまいそれが鉄骨に当たって大きな音を出してしまったのである。


「あ」


 カシャアァァン、と鉄と鉄のぶつかり合う音が周囲に響き、一瞬の静寂が訪れる。

 やってしまった。


「え!? 人!?」


「……ククク……ハハハ! 天は我に味方セリ! そこの人間! 生命力を貰おうか!!」


 嫌なセリフが聞こえた後、後ろを振り返ると、自分の目の前に変態の痴女がいた……! 


 変態は私に手を伸ばして、幼女と戦っていた時以上に恍惚の表情を浮かべている。


「フハハ!! さあ! お前はどんな味がする!?」


 舌なめずりしながら、近づいてくる。


 ハァハァ……♡とかいう吐息が聞こえる。


 ヤダ! キモい! 


 私は、嫌悪感が先に来て、考える前に手が出てしまっていた。


「ちっ、近寄るな変態!!」


「ウボッハ!?!?!?」


 私の左ストレートが変態の顔面にクリーンヒット! 


 変態はそのまま吹っ飛ばされ、二、三メートル飛んだ後、鉄骨に激突し、崩れ落ちるように地面に突っ伏した。


 ハァ……ハァ……! 


 つ、つい、殺ってしまった……。


 …………

 ……

 ……


 いや!? 殺ってしまっちゃダメでしょ!? 


 私は急いで、変態女の元へ駆け寄り、状態を確認する。


 息よーし! 顔面骨折なーし! 脈よーし! デケェ胸腹立つ! 


 つい、目に入ったおっぱいをシバいて、その場にへたり込む。


 何も外傷が無かったことに安堵して、盛大にため息を吐いた。


 し、しかし……何だったんだこの変態は……。


「あ、あの……」


 しまった、忘れてた。


 変態の情報量が多すぎて、ピンクロリータちゃんの事がすっかり頭から抜け落ちていた。


「だ、大丈夫……ですか? ……って、え!? 十さん!?」


 え? 何で私の苗字知ってるの? 


 どこかで会ったことあるっけ? 


 いや、そんなことはない、こんな可愛い子に会っていたら顔は覚えているはずだ……。


 ……いや、クラスメイトの顔も碌に覚えていないので怪しくなってきた。


 でも、こんな訳のわからない状況になっていたら、嫌でも覚えているはずなんだけどな? 


「あ、す、すみません……! 急に……変身解かないと分かりませんよね!」


 そう言って、目の前の幼女から強い光が放たれた。


 うおまぶしっ! 


 思わず、目を瞑ってしまうが、ふと考えてしまう。


 魔法少女の変身姿ってアニメとかでは大概、布一枚とかあられもない姿だった筈だ。


 女児向けアニメでも微かな胸の膨らみ、尻の厚さ。大きなお友達がみんなこのシーンだけは集中して見てしまう! 


 私は眩しいのを我慢して目をかっぴらく。


 そう! それは、この世の楽園を目に焼き付けるため! 


 可愛い女の子のはしたない姿を目に焼き付けるため! 


 私は可愛い女の子と可愛い猫が大好きなのだ! 


 眩しくて全く見えなかった。凹む。

 

 目が痛い。


「あ、あのそれで……十さんは……その……」


 変身を解いたと思われる、彼女の姿も、すごく可愛かった。


 身長は140㎝ぐらいしかないのだろうか? 180㎝ある私とは大違いである。


 髪も変身前とあんまり変わってない、ピンク色のツインテールだ。変身後はツインテールがクルクルしていた。かわいいね。


 それにしても変身を解いた後でも分からない。


 ここでも私の、根暗が恨めしい。何で、こんなかわいい子を覚えてないんだコンチクショウ。


 でも、着ている服が何だか見覚えがある。


 っていうか私の制服と同じだコレ。


 え? っていうことは、同じ学校の生徒? 嘘でしょ。髪ピンクを私、見逃してたの? 


「も、もしかして……私の事が分からない感じでしょうか?」


 あーあ、シュンってなっちゃったよ。

 

 どうすんのよ私。


「そ、そうですよね……私の事なんか知らなくて当たり前ですよね……だって十さん……ずっと一人だから……」


 やかましすぎる。こっちだって好きで一人でいる訳ではない。


 ちゃんと理由があって一人で行動してるんだ。


 でも、その理由が長引きすぎて、本物のコミュ障になってしまったのは、予定外だった。


 クラスメイトにも一言二言でしか喋れないって、どうなってんの私。


「わ、私は、十さんのクラスメイトの東江 聖理佳あがりえ せりかです! 魔法少女をやってます!」


 そうか、クラスメイトだったか。



 私やばくない? 



 え? こんな目立ちそうな子がクラスメイトで今の今まで認知してなかったの!? 


 こんなのコミュ障とか言ってる場合じゃないんだけど……。


 びょ、病院予約しておこうかな……。


 私は自分の把握能力の低さに呆れて物が言えなくなっていた。


 や、やばい。早く帰ってバカみたいに稽古して、風呂入って、ドカ食いしてドカ寝しよう。


 そうじゃなきゃ、私の心が耐えられない。


 私は、東江さんに背を向けて、帰路に着こうとした。


 そんな姿を見て、焦ったように東江さんが私の腕をグイーッと引っ張ってくる。


 ヤダ! ちっちゃいお手手で引っ張っててかわいい!! 


「ま、ま、待ってください! 私! 初めて同じ人を見つけたんです!」


 同じ? 


 いや、格好も背丈も似ても似つかないんだけど、同じってどこの事指して言ってんの? 


 胸? 


 そりゃ、私もぺったんこだけどさぁ……これでもサラシ巻いてるから、脱げばBくらいはある筈だけど……碌に測ってないから分からない。


「あの! 私と同じ! 魔法少女ですよね!?」


 東江さんは周りに花が咲いてるかのような、明るい笑顔を私に見せてくれて、そう叫ぶ。


 しかし、その表情の裏には、何だか悲しそうな顔が見え隠れていた。


 まるで、初めて同類にあったかのような期待した目。


 私はそんな、薄ピンク色の綺麗な目に、吸い込まれそうになる。



 そして、私は口を開いた。


「いや、違うから」


「嘘でしょ!?!?」


 これが、魔法少女と根暗女の初めて、会話を交わした瞬間だった。

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