彼女は今

白川津 中々

◾️

「お父さんが、病気で……」


贔屓にしている夜の女からそう告げられた。金の無心である。

俺は彼女が好きだった。弁えていたはいたが恋慕は抑えられず、金と時間を工面して毎週通い詰め彼女と会っていたわけだが、それまで踏み込んだ話はしたことがなく、初めて家庭について聞いたのであった。

それだけにショックだった。

ようやく信頼関係が築けたと思っていたのに、店を介さず金を出せと言われたのだ。結局俺は客として、都合のいい男としてしか見られていなかったのだ。想いが、崩れていった。


「それは大変だね」


そう返答して、彼女とはそれきりとなった。

仕事が忙しくなったのもあるが、彼女への興味が失われてしまった俺は夜遊びもせず職場と家の往復で時間を過ごしている。もちろん、彼女と連絡をすることもなくなった。まだ店で働いているのか辞めているのか定かではない。

しかし今になって、もし彼女の言葉が本当だったらと考える瞬間がある。あの時、彼女が助けを求め俺を頼っていたとしたら……無益なことだが、想像をしてしまうのだ。あの日金を出していたら、もしかしたら、彼女が隣にいて、家を買おうとか、子供を何人作ろうとか笑いあえていたかもしれない。


だが、全てはもう、終わっている。


彼女は誰か、他の男の隣にいるのたろう。

店か、あるいは、俺の知らない場所で。

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