第六話 魔法を使うという事
プルパの森を抜けると、小さな村に差し掛かった。村の中央に見える噴水が、静かに水音を立てている。レオナは村の入り口に立ち、辺りを見回した。ブラウの街とは打って変わって、閑静な村だ。
「た、助けてくれーっ!」
突然、村の沈黙は破られる。地響きが村を揺るがし、村の奥から牛の姿をした魔物が走ってくる。顔中に汗が浮き出て、息を切らしていた。どう考えても普通の状況ではない。レオナは狼狽える。後を追うようにカボチャの魔物もやって来た。
「魔物が出たのよ! このままだと村はお終いだわ!」
牛の魔物の誘導とともに、大勢の魔物たちが村の外へと出ていく。すさまじい唸り声と破壊音が、レオナの鼓膜を破るような勢いで聞こえてくる。
「助けないと!」
レオナの胸の内が熱くなる。何かに引っ張られるような勢いで、レオナは村の奥へと駆けていった。
「ま、待て! お前が一人行ったところでどうにもならないのだぞ!」
グリフの静止を振り切り、レオナは一心不乱に走る。瓦礫に変わりつつある村の中、ただレオナだけが走っていた。
村の中央では、一匹の巨大なゴーレムが建物を蹂躙していた。西洋の甲冑を模した土の鎧で体当たりをし、家屋は粉々に砕け散る。辺りに木片を飛ばし、無慈悲な一歩で踏みつけた。長い腕の薙ぎ払いは、一瞬で井戸を枯れさせる。
「やめろー!」
レオナが筆箒を構えながら、ゴーレムの前に出る。ゴーレムは虚ろな眼窩でレオナを見た。瞳の無いその目は、機械的にレオナを捉える。まるで次の標的を捕捉するように。岩同士が擦れ合うような唸りを口から漏らし、ゴーレムはレオナを踏み潰そうとする。鈍重な踏みつけを、レオナは躱わす。だが、地を割る衝撃に、レオナは吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、レオナは呻く。大木のような腕を振り上げ、ゴーレムは地面に向かって叩き付ける。激しい地響きが、レオナを襲う。揺れに翻弄され、レオナは地面に伏せた。ゴーレムは地を揺るがせながら、一歩ずつレオナのほうへやってくる。ゴーレムはゆっくりと拳を上げた。その時、グリフが空を飛び、ゴーレムの腕を押さえつける。
「グリフさん!?」
「は……早く逃げろ!」
グリフはゴーレムの腕を引っ掻くが、表面が削れるだけでびくともしない。ゴーレムは表情一つ動かさず、虫を掴むようにもう片方の手でグリフの身体を掴んだ。ゴーレムはその手を緩めることなく、グリフの身体を締め付ける。骨が軋む音が、レオナの耳にも聞こえてきた。
「今のお前じゃこいつを倒せない。逃げるんだ……」
「で……でも……!」
戸惑うレオナの目の前で、グリフは吐血する。骨の砕ける音が響き、グリフの全身から力が抜けてきた。レオナは筆箒に祈る事しかできない。グリフを助けたい一心で、レオナは筆箒に祈る。だが、筆箒は応えない。
「お願い……お願いだよ! グリフを助けたいんだ。だから、答えてよ!」
レオナは筆箒に向かって叫ぶ。その時、何かが千切れるような音が嫌に響き渡った。その音と同時に、グリフが地面に打ち捨てられる。その時、レオナの内側から激しい感情が込み上げた。筆箒を握り締め、レオナは立ち上がる。レオナの髪は逆立ち、瞳に鋭い光を湛えた。筆箒の先が紫色に染まり、激しい光を放つ。
「許さないっ……!」
紫色の光が、レオナを包む。光は大きくなり、ゴーレムと変わらない大きさになった。眩く輝く光は、ある生き物の姿を映し出す。翼の生えたドラゴン。子竜のような顔つきの光のドラゴンが、ゴーレムの前に現れた。透き通るドラゴンの身体の中心に、レオナが浮かぶ。レオナも驚き、自分の身体を見回した。レオナの動きに合わせて、ドラゴンの手足も動く。
「これは……僕がドラゴンに……?」
ゴーレムも突然の敵に、動きを止める。だが、すぐさま口を大きく開き、光線を放った。赤く鋭い光線が、光のドラゴンに迫る。無意識のうちにレオナは大きく息を吸い込み、ドレイクがやったように吐き出す素振りをした。光のドラゴンは巨大な光線を放つ。二色の光線が激しくぶつかり、乱反射した。爆発音が轟き、白い光線がゴーレムの肩を貫く。ゴーレムの片腕が崩れ落ち、家屋を押し潰した。片腕がもげ、グリフも落下する。ゴーレムはもう片方の腕で、光のドラゴンを殴りつけた。だが、拳がドラゴンの腹に当たると、その部分だけ霧のように消える。バランスを崩したゴーレムに向かって、レオナは拳を振った。光のドラゴンの爪が、ゴーレムの胸を切り裂く。光の軌道と共に、土塊が飛び散った。ゴーレムは村の教会を踏み砕いて倒れる。地を這うように片腕で動くゴーレム。半壊した顔から、再び赤い光が輝く。光のドラゴンも再び大きく息を吸い込んだ。崩れ落ちゆく顔から、ゴーレムは光線を撃ち出した。だが、ドラゴンの光線は赤い光を打ち消し、ゴーレムに直撃する。光線の前に、ゴーレムは塵と化した。
瓦礫の中に、光のドラゴンはぼんやりと佇む。ゆっくり深呼吸をしながら、ドラゴンの姿は次第に不鮮明になった。紫色の光となってかき消え、レオナだけが残る。汗を垂らし、レオナは小刻みに息をした。霞むレオナの視界には、瓦礫の山が広がる。その中に横たわるグリフがいた。
「グリフさん!」
レオナは筆箒を投げ捨て、グリフに駆け寄る。グリフはぐったりとし、動かない。あらぬ方向に曲がった足を見て、レオナの息が止まりそうになった。純白の羽毛は煤け、血だらけだ。物言わぬグリフに、レオナの涙が落ちる。今のグリフは師匠と同じだ。レオナは慟哭し、助けを求める。
「誰か……誰か助けて! グリフさんが……!」
レオナの声に、逃げていた村人達が集まる。だが、その視線は何か恐ろしいものを見るように冷たい。村人達はレオナに近づこうとしなかった。グリフの呼吸は次第に浅くなる。
「お願い、助けてよ! この人は僕の大切な人なんだ!」
胸が張り裂けそうになり、レオナは叫び続ける。村人に幾ら声が届かなくても、レオナは叫ぶのを止められなかった。
「あの子、おかしな魔法を使っていたよ」
「あのゴーレムを粉々にするなんて、私達も何をされるか分かったものじゃないよ」
「しっ! 聞こえてたら私達を魔法で消してしまうかもしれないぞ!」
村人達のヒソヒソ声が、レオナにも嫌というほど聞こえてくる。レオナは魔物の姿をした村人達が、本当の魔物のように思えてきた。筆箒を手に取り、レオナは悲しげに村人達を見る。もうここにいたくない。レオナはグリフを背負い、村を後にする。小さな背中に覆い被さるグリフは、ひどく重く感じられた。
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