詰んだ俺を拾ったのは、美人喫茶店主でした~隙だらけのポンコツ姉さん育成計画~

鶴時舞

第3話 俺に出来ること、彼女に出来ること

 冷凍食品を肴にビールを飲む澪さん。

 誰かに聞いて欲しかったのか、しみじみと、お店の悩みを俺にこぼしていた。


 人それぞれ順風満々というわけには行かず、悩みは人の数だけあるんだろうな。

 

 そう思うと、こうして雨に濡れることもなく、綺麗なお姉さんとお酒を飲めている俺は、もしかしたら結構ツイてるんじゃないか。――なんて思えてきたのは、お酒のせいだろうか。


「澪さん。今日は本当にありがとうございました。今晩泊めてもらったら明日出ていきますね。警察に行って遺失物届けを出してみます。後は……」


「後は? ――君さ、ちょっと世の中舐めてない? そんな可愛い顔してホームレスなんてやったら全身穴だらけになるよ? 」


「穴ってそんな! いやまさか……。あはは……。澪さん酔ってきました?」


 今までの優しさから、突然口調が厳しくなったので、心底びっくりした。


 その直後。


 澪さんは俺に寄ってきて馬乗りになった。あまりに突然のことで、俺の心臓は大きく跳ね、口から飛び出そうになった。


「ほら、湊くんなんてすぐ倒せちゃうんだからね。私のことリスクゼロとか言うけどさ、君だって見ず知らずの人の家に上がっちゃってるんだよ。このまま襲われちゃうんだよ?」


 妖しく笑みを浮かべながら俺のスウェットの上着の中へ手を滑らせていく。その感触に脳が焼ききれそうになる。


 俺の焦った表情をみて、澪さんはぷっと笑い出した。


「あはは! 冗談だよ~。ね、悪い人にすぐ襲われちゃうんだから、だめだよ湊くん。――ちゃんと生活基盤ができるまで、うちで保護するから。わかった?」


 幾分酔ってきたのもあったかも知れないが、確かに澪さんは俺のことを随分と心配してくれているようだった。ただ、やり方が過激だった。


「……わかりました。お言葉に甘えさせてください。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる俺に、澪さんは気分を良くしたようだった。俺の頭を撫でて髪を手ぐしで解く。その仕草にまたもや心臓が跳ねた。


「湊くんこんなに可愛いんだもの。女装とか似合ったりしてね。お姉さんちょっといけない気分になっちゃうな」


 またもや目が妖しくなってきた澪さん。うっかりしたら俺の貞操のピンチかも知れない。……そんな守るもんでもないか。

 

 でも、酔って流されてってのは嫌だ。彼女も本意ではない場合、不義理になってしまう。


「澪さん、俺はそろそろ寝ますね。えっと、ソファー借りますね」


 リビングにあったソファーなら十分眠れそうだった。


 しかし、澪さんは俺の手を掴み、離さなかった。やっぱり力強いな……。


「私のベッドがダブルベッドなの。うちに泊まる条件として一緒に寝ること。わかったわね」


 有無を言わせぬ強い口調でそう言い切る澪さん。明日、酔いが醒めた時に後悔しなけりゃいいけどなあ。


 二人で歯を磨き、寝床へ向かう。澪さんは当たり前のように俺に抱きつきながら眠りについた。無防備がすぎるだろ!

 でも、色々ありすぎて心底疲れた……。


 不義理はだめだ……。リスクがあ……。ぐぅ……。



 ――朝、目を覚ますと、となりで澪さんが固まっていた。ほら言わんこっちゃない。いや、俺は何も言ってないか。


「あれ、湊くん? ああそっか。私、うん。大丈夫覚えてる。もうバカバカ、私のバカ!」


 可愛く自分の頭をぽかぽかしている澪さん。


「すみません。俺が図々しく寝ちゃったので。今夜はソファーで寝ますね」


「だめ! 別に嫌なわけじゃないから。ただ驚いちゃって。――お酒好きだけど全然強くないの。呆れちゃうよねホント」


 うーん、隙だらけにもほどがある。よく今まで無事に生きてこれたな。庇護欲を掻き立てる人だなあ。


 でも、酔いも醒めた今、いくつか彼女に提案したいことも出来た。

 今後のことだった。


「澪さん。今日警察に行って遺失物届けを出しますね。その際に連絡先をこの店にしてもいいですか?」


「もちろんだよ! だったらうちに住み込みで働いてることにしておこうね。でないと不審者に思われるよ」


 住所不定では確かにそう思われても不思議じゃない。ここはありがたく好意に甘えることにしよう。


「それと、良かったら俺に店を手伝わせてください。俺、こう見えて料理得意なんです。調理師の専門学校卒業してるんで、調理師の免許や食品衛生責任者とか色々持ってます」


 澪さんは狐につままれたかのように、口をぱくぱくと開けて驚いていた。


「え、そうなの!? お祖父ちゃん急に死んじゃったから、そういうの、どうして良いか分からなくて……」


「そういう部分はちょっとだけ知識あります。お店が少しでも盛り上がるように協力させてください。その間に就職先も探して、巣立ちできるようにしますんで」


「――ありがとう、湊くん。私、ツイてるみたいね……。まだお店続けられるんだ……」


 溢れる笑顔から、感極まったように澪さんは両手を頬に当てた。


「お祖父ちゃんっ……!」


 ツイてるのは俺の方だって言いたかったけど、澪さんは泣きじゃくって俺の話なんて聞こえなそうだった。


 さあ、これから忙しくなるな。まず真っ先にやるべきことは家の片付けだな。せめて料理が出来るスペースは確保しないと!


 澪さんにお店を任せている間に家の片付けをする。一人暮らしの女性の荷物をあれこれ手を加えるのは、正直ありえない話だけど、この散らかり具合はそんな事言ってる場合じゃない。

 

 汚部屋一歩手前だった。足の踏み場を探さないと歩けないのは怪我の元だ。澪さんには悪いが、ここは徹底的にやらせてもらおう。



「うわー! すっごい綺麗になった~! 湊くんすごーい! これお金を払わなければいけないレベルだよね!」


「あはは、いや、疲れましたあ~!」


 フローリングにばったりと倒れる俺。正直まだ全部終わったとは言えないが、とりあえず住める状態にまで持ってきた。キッチンも使えるので早速何か作ろう。


「お店の食材借りてもいいですか?」


「うん! 好きなだけ使ってね!」


 お店の厨房を見てみると、こっちはいくらか片付いていた。一応職場の片付けぐらいは出来るのかと安心した。

 喫茶店のメニューを見ると、非常に簡単なものしかなかった。


 トースト(バターのみ)

 ゆでたまご

 ミックスサンド(レタス・ハム・卵)

 ナポリタン(冷凍食品を温めて出すだけ)


 これで飲食店ですって無理があるだろう……。せめてナポリタンぐらい作ろうよ。ゆでたまごって何よ? メニューにのせんな!


 やばい。これは相当な地雷店だ……。

 とりあえずパンは新鮮なのが救われた。


「澪さん、ホットサンドを作ってみました。どうでしょかね」


 ツマミ用にあったウィンナーとチーズを使ってホットサンドを作ってみた。ホットサンドメーカーなんて洒落たもんはないから、鍋の底でぎゅっとプレスした簡易版だ。


「うん! これは美味しい~! あるもので、さっと作れちゃうの格好良いね!」


 そりゃホットサンドぐらいならすぐに作れますよ。なんてことは口に出さないでおく。苦手な人には難しいのもよく分かってる。ただ、それが飲食店のオーナーの言葉というのが実に切なかった。


 明日はお店の定休日らしいので警察に行ってこよう。あとは役場で住所変更と保健所にもいって食品衛生責任者の名義変更もしないとな。亡くなったお爺さん名義のままでは確実に怒られそうだ……。


 帰りに食材を買ってこよう。澪さんにも一緒に付き合ってもらおう。明日も忙しくなるなあ。










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