39話【異常者】

あたしがブリーフィングに辿り着いた時には、レーヴンはいなくて、タップさん、タルホさんとジーン、オペレーター3人が各々担当する席に座っていた。


レーヴンさんに状況を聞きたかったんだけど…。


そう思っていた矢先に、タップさんがあたしに気づいて声をかけてくれた。


「おや。どうされました」

「さっきの艦内警報を聞いて、何があったのかと思いまして」

「そうでしたか」


タップさんは口数が少なく、顔立ちが怖い事もあって、あたしの苦手な分類の人に格付けられていた。自身の視線が泳いでいるのをしっかりと感じる。タップさんの表情は変わらず、ただ事実だけを述べた。


「当艦の装甲に張り付いていた異物を確認しまして、その異物の対処をしていたのです。事前にランガ君の提案で、何やらガンツさん達から言われたそうで、それで宇宙艇で装甲のチェックをしていましてね」

「あ、はい。私も同席していたので、その話は聞いてます」

「そうですか。なら話は早い。その除去作業をして、それがなんと人型だったようで。その人型の異物は牢屋で医療を受けています」

「人型…人なんですか?」

「そんな訳がありません。この宇宙で生身では生存できません。皮膚は次第に凍結し、中身もそうなっていく。それより、呼吸ができない。ただ、例外はありますが。それでも、人というより、化物ですね」

「化物…レーヴンさんはどちらに…?」

「牢屋にいます。すみませんが、牢屋は立ち入り禁止でして。…すみません。通信が入りました」


タップさんが断りを入れて、耳元にはめているイヤホン、フォーカスを手で触れながら、何やら誰かと話をしている。小声だから聞き取れないが、タップさんは事務的な話し方をするから、すぐに通信は終わった。そして、タップさんはあたしに向き直って、こう答えた。


「ナツキさん、でよろしかったですか?」

「あ、はい。私がナツキです」


どうやら、名前をまだ覚えてもらっていなかったようだ。素直に自分の名前を答える。そして、タップさんは先程の言葉を訂正した。


「艦長から伝達です。もし都合がよろしければ、牢屋へと来て欲しいと。行かれますよね」

「はい。そのつもりなので」

「そうですね。艦長、今から向かいます。通信を切ります。それでは牢屋へと…場所はわかりますか?」

「はい。大丈夫です」


あたしはそう答えて、タップさんに会釈をして、すぐにこの場から去った。慣れなくちゃ…。怖そうな男の人の事を。少しだけ悠介として意識すれば治るのかな…。


あたしは駆け足だったから、数分で牢屋へと辿り着いた。本当ならもっと早く着いただろうけど、少しだけ迷ってしまった。その補填をウィズが誘導してくれた。ウィズは記憶力が良いみたい。助かった。


牢屋の中は薄暗く、鉄格子で出入りを封じられていて、壁で何区画か区画分けをされている。ざっと見て、10区画にはなりそうだ。その一番奥で、レーヴンさんとエリジェンヌが立っていた。後もう一人、ユーリィもいた。


なんで二人が…?


そう思って、レーヴンさんに声をかける。薄暗くて、表情が読めない。


「レーヴンさん。呼びましたか?」

「おお。早いね。来てくれてありがとう」

「いえ」

「何回か迷ったようだがな」


エリジェンヌが戯言ではなく事実を口にした。少し驚くも、エリジェンヌにはそういう見通す力があるのを思い出した。そういえば、どっからどこまでわかってるんだろう。


「あら、女王。そうなんです?」

「もう女王と呼ぶな」

「それじゃ、なんて?」

「エリちゃんで良いぞ?」

「ご冗談を…!」

「ふっ! エリジェンヌでいい」

「それでは、エリジェンヌさんで」


エリジェンヌがいきなり不機嫌になった。自分の思い通りにならないことに対して、不服に思っているのかな。エリジェンヌが少し声を荒げて、あたしに命令しようとする。


「ナツキ、ちこうよれ。この鉄格子の先を見るのだ」


そう言われるものだから、断る理由がないから近づいて中を確認しようとする。あたしは横目にユーリィの方も確認する。薄暗くてちゃんとわからないけど、魂の抜けた状態で立っているように見える。正気は感じ取れなかった。あたしはユーリィへ気を配る前に、鉄格子の中を確認する。


その先には、赤い鎧に身を纏った、赤髪に壮麗な顔立ちをしている、ハロルドがそこにいた。体中が凍っていて、頭部部分だけが溶けているようだ。そのハロルドが、その場へと来たあたしに目を向ける。ハロルドの目に光が灯った。そして、歪んだ笑顔で来訪者を歓迎した。


「あぁ…貴女様ではありませんか…! ゴフッ…。ハハ…正解でした…!」

「レーヴンさん、なんで彼が」

「それは俺らが聞きたい。ナツキちゃんを呼ばないと何も話さないって言うもんだからさ」


俺にはお手上げですとジェスチャーを交えるレーヴンへの視線を外し、ユーリィへと視線を向ける。彼女の手を、あたしは掴んだ。


「なんでユーリィがここにいるの…! 休んでて。レーヴンさん! ユーリィには今は」

「エリジェンヌさんのご意向でしてね」

「そうだ。ユーリィは望んでこの場にいる。ユーリィの想いを無下にするのか?」

「それは…! ユーリィ、なんで?」


あたしはエリジェンヌを無視して、ユーリィに優しく問いかけるよう心がける。彼女の口が重々しく開いた。


「私の…ライラがどうなっているのか…話してくれると…こいつが…」


こいつとは、エリジェンヌの事だと思う。ユーリィが指差して特定している訳じゃないが、エリジェンヌのやりそうな事だ。自然と、犯人の見破るのは容易だった。その犯人を、あたしは無意識に睨みつけた。が、それはエリジェンヌには意味のない事だった。彼女の視線はハロルドのみに向けられている。それに釣られて、あたしはまたハロルドへと向き直った。あたしには精々、ユーリィの期待に応える手助けしかできないと悟った。


「ハロルド…。ライラはどうなっているの?」

「ああ。ぐふっ。…あの街ですか。貴女様の気配りは可笑しくないです。素晴らしい心を持った聖女だ」


ハロルドは体の損傷のせいで咳を払いながら、あたしの質問にはすぐに答えた。


「ライラは戦火の、ふぅ、影響を受け半壊しました。ですが、貴女様が乗っているこの船が大空へと羽ばたいていった後、リンデル旅団の輩が、ぐっ、復興の手助けがあって、無事となっております。今では、ジャックが統治しているとか。そこまでしか、わかりません」


あたしはハロルドから情報を抜き取り、ユーリィの機嫌を伺うため、彼女の方を確認する。その表情はさっきまで抜けていた魂が戻ってきたのか、彼女の瞳が揺らいでいるのがわかった。そして、彼女もハロルドに言葉をかける。


「ジャックが…! そうか…。市民達は、どうなっているんだ」

「知らん」


あたしへの対応と打って変わって、興味ない表情へと瞬時に変え、ユーリィの言葉を受け入れなかった。ユーリィは彼の事を知っているから、その返答に対しては身じろぎはしていない。だが、心配の気持ちを覗かせる。また、あたしは助け舟を出す。


「知っている事を教えてよ。ハロルド」

「本当です! これ以上の情報は、私にはわからないのです! 私はプレリー帝国にいましたので! ガハッ!」


彼が大声を上げて、その報いで地面へと向けて吐血する。彼は必死に身の潔白を証明しようとした。彼の事はまるっきり信用している訳ではないが、あたしの問いかけには事実のみを答えようとする意思は感じ取れた。その会話を中断させたいのか、レーヴンが言葉のみで乱入する。


「取り込み中、申し訳ないんだけどさ。彼の目的、聞き出してくれない?」

「あ、すみません。それが本題でしたか?」

「うん。じゃないと、彼の処遇を決められない。一方的に監禁しても良いんだけどさ」


あまり聞きたくない言葉を聞いて、少しだけ俯いてしまった。…今は感傷的になっている場合じゃない。頭を横にブンブン振り、意識を保とうと努力した。そうしていたら、ハロルドが自主的に発言した。このやり取りをもちろん、聞き取っているから。


「私の目的は、貴女様に殺される事です。貴女様のお力を持って、どうか、どうか…!」


やっぱりと思った。彼の目的は、少し前に聞いている。鳥肌が立つ程の、異常者の演説を思い返してしまう。その彼の発言を聞いたレーヴンは、あたしとユーリィを退出する指示をすぐに出した。


「おっけ〜! わかった! お前の事はわかった! 二人とも、離席しちゃって? 後は俺とエリジェンヌさんでやるから」

「…」

「…俺とエリちゃんでやるから!」


エリジェンヌの無言の圧を察して、呼称を訂正した。ふと、ルンさんの事を思い出した。なんか、怒りそうだなって、理由のない考えが及んだ。


「お言葉に甘えます。ユーリィ。行こう?」

「ああ…」


ユーリィの腕を組んで、彼氏彼女の様にあたしはユーリィの腕に胸をつけて無理やり引っ張った。ユーリィの視線が、少しだけハロルドに向けられていると、何となく感じた。別にユーリィの顔を見ていなかったけど。


あたしとユーリィは廊下を歩く。居住エリアへと向かった。あたしはユーリィを元気付けるために、必死に思考を巡らせる。


「ジャックさんって人が、ライラを守ってくれているみたいだね。よかったね」

「ああ。あいつのやりそうなことだ」

「あたし、会ったことなくてさ。どういう人なのかもわからない」

「そうか。何か縁があれば、会うといい。たまに、あいつは変な夢を語り出す、面倒臭いやつだがな。そこだけ頭の片隅に置いておいてくれ」

「うん。わかった。あ、えっとね。ユエさんはジャックさんと一緒にいるの知ってるよね? 今でもいるみたいだよ。指揮下に入っているとか」

「そうか。ユエもリンデル旅団の一員になったか。昔から勧誘されていたからな。収まるところに収まったんだな」

「うんうん。ユエさんとも、また会いたいね」

「ああ…。そうだ。それなんだが…」


ユーリィの体が固まっていくのを感じた。これは、言おうかどうしようか悩んでいるんだ。…何となく察しがつく。あたしは返事をせがむのでもなく、ただ、ユーリィが話すのを待った。暫くして、彼女の口が開いた。


「私は、女王の誘いを受けないつもりでいる。ライラにすぐ戻りたい」


当然の考えだ。あたしは無言で、首を縦に振った。

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